「家に?」
「そうなの。せっかくだからどうかなって」
うむ?今どんな状況はどうなってるかって?
「おでんはやっぱりみんなで食べた方がおいしいかなって」
と、夕飯を朝倉に誘われているところだ。
「そうだな…、親に連絡しておくよ」
「お願いね♪…あ、そういや今日は長門さんも誘いましょ」
「長門さん?」
はて、なんか聞いたことあるようなないような。いや、やっぱない。俺の知り合いにはそんな名前は居ないはずだ。
「マンションのお隣さんのね、長門有希さん。いつもコンビニとかのお弁当みたいだから、たまに食事に誘うの。別に誘ってもいいわよね?」
ああ、別に俺は困らないが…その長門さんとやらは大丈夫なのか?
「大丈夫、ちょっと無口だけど。じゃあ、よろしくね」
微妙に気になることを残して行った。無口だけど、ってものすごく気まずいんじゃないか?もしかして視線で「迷惑です」とかこっちにアイコンタクトしてきたりするんじゃないのか?食事会を前にして暗雲が立ち込めてきた。
その後、何事もなく授業は終了し、めでたく放課後だ。一度家に帰って「夕飯はいらん」とだけ告げると、鞄を置いて朝倉の部屋へと向かう。出る前に「キョンくーん、どこいくのー?」という妹の声に「友達の家だ」と律儀に返して、自転車に乗って商店街へ。さすがに手ぶらも悪いだろうから飲み物でも買っていくか、というわけだ。3本ほど清涼飲料水を買った袋を提げてマンションへ。
ガチャッ、とマンションの扉を開けると、正座をしたままこたつに膝だけ突っ込んで、本を読みふけっている少女がいた。
すみません、間違えました。
思わず扉を閉めようとすると奥から、「あ、キョン君?」といつも聞きなれた声が聞こえてくると同時に、にゃーという猫の声が聞こえた。ハルカの声か?
…間違ってなかったのか。マンションのルームナンバーも用心のために見ておくと、間違いない朝倉の部屋だ。もう一度部屋に入ると、一度扉を開ける前と全く同じ状態で少女が本を読んでいた。俺に気づいてないんだろうか。それとも興味がないのか。そういえば「無口」だとか言っていたから、もしかすると人付き合い自体あまり得意ではないのかもしれん。朝倉のことだ、いつもみたいな見返りの期待してない温情でこの少女を連れてきたに違いない。
「いらっしゃい。丁度長門さんも来たところだったのよ」
朝倉がエプロンとそろいのうさぎ柄キッチンミトンをはめて、大鍋を机の鍋敷きの上に置く。ううむ、やっぱりこういう姿が非常に似合っているな、朝倉よ。
「そう、嬉しいな♪」
くるりと1回転する朝倉。…さて、こんなやり取りにも動じないこの娘さん。この子が長門有希とやらなのか?
「…長門有希…」
ちらりと本から視線をこちらに向けてそうとだけ告げると、また視線を本に戻した。もしかして、今の自己紹介のつもりだったんだろうか…。
「えー…なんだ。俺はキョン。みんなキョンと呼んでるからキョンでいい」
「そう」
会話即終了。なあ、朝倉。これは無口とかいうレベルじゃない気がするぞ。
「大丈夫、すぐに仲良くなるわよ」
どうだか。にしても、こんなやり取りを最近交わしたことがあるような気がするんだが…いつだろう。
「さあさあ、早く食べないと冷めちゃうわ。どれでも好きなものを言ってね。取ってあげるから」
おっと、いけない。さっきから腹が鳴りそうで困っていたんだ。とりあえず適当に見繕ってくれ。
「はいはーい。じゃあ、大根とこんにゃく、はんぺんでいいかな?あ、長門さんは?」
「何でもいい」
「そう、じゃあ同じものを…っと」
結局3人とも同じものを入れた深皿をそれぞれに配ると、「じゃあ、いただきます」という朝倉の声と共にそれぞれ箸を持って食べ始めた。味が中まで染みてて美味いな。
「おかわりいっぱいあるから、どんどん食べてね」
なーん、とハルカが擦り寄ってくる。こら、そんなに擦り寄ってきてもやらんぞ。
「にゃーぉ…」
言葉でも分かったかのように、寂しそうに耳としっぽを下げ、離れたところで丸くなって、こちらを悲しげな目で見つめてくる。おいおい、これじゃ俺が悪人じゃないか。
「あ、ハルカ。あとでちゃんと缶詰あげるからね。ちょっと待っててねー」
朝倉がそう言うと、しっぽを2度3度振って朝倉の膝の上で丸くなった。現金なやつだな。
「くすっ、そういう現金なところも可愛いじゃない」
ん、長門さんも、
「長門でいい」
そうか、じゃあ長門もネコ好きなのか?
「嫌いではない」
と言いながらハルカを撫でている。
「そういや、長門さんには名前教えてなかったわね。この子はハルカ。よろしくね」
そう言って朝倉は抱き上げてハルカにお辞儀をさせた。長門は相も変わらず口数少なく、
「長門有希」
とだけ言って、また頭を撫で始める。ああ、なんか和んだ。
「ふー、ごちそうさま」
「はい、お粗末さまでした」
皿や箸を手際よく集めてお盆に乗せ、洗い場まで持っていく。おいしいもの食べさせてもらったんだ、これくらいはやらないとな。
「そんなこと気にしなくてもいいのに」
と朝倉。気にしないでくれ、好きでやってることだからな。
「あ、そうだ。明日の晩御飯もうちで食べない?」
それは魅力的な提案ではあるが、さすがに連日は申し訳ない。
「大丈夫、気にしなくていいのよ。それに明日はみんなで晩御飯作ろうかなって思ってるんだけど、どうかな?」
そういや昨日言ってたっけな。
「だからね、練習も兼ねてやらないかなって。長門さんはどう?」
「私はどちらでもいい」
む…そうだな。とりあえず明日親に話をつけてみる。
「うん、じゃあ決まったら電話頂戴ね」
分かった、すぐに電話する。それじゃ、そろそろ帰るな。
「私も帰る」
「うん、気をつけてね」
にゃーんとこっちを向いて鳴くハルカ。ああ、お前もまたな。
部屋を出ると、おでんで温まった体に夜風が染みるな…。じゃあ、長門またな。
「また…明日」
ああ、そういえばそうだった。また明日。
「……」
なんとなく物言いたげな長門の視線を受けながら、俺はせっかく温まった体が冷えないように、夜道を自転車のペダルを踏み込みながら家へと急いだ。