美味かった。やっぱり教える人が上手いからだろう。
「そんなことないわよ。二人ともがんばったもの」
洗い物をしながら朝倉が声を掛ける。こたつに足を突っ込んだまま朝倉にだけ洗い物をさせるのはなんとも心苦しいものだが、朝倉が毎回のように「私がやるからテレビでも見てて」と言ってくれるお陰で、なんとなくそこが定位置になりつつある。新婚夫婦みたいな気分だ。ふと隣に目をやると、食事が終わってからずっと本を読んでいる長門が居る。いつもこんな調子なのかね。
「そうね、長門さんはいつも本を読んでるイメージかな。夕飯を作って、帰るまで本読んでることが多いし」
そうなのか。ちなみに、今は何読んでるんだ?
「……」
膝の上に置いていた本の背表紙を持ち上げてこちら側に見せてくる。”楽しい呪い〜上級編〜”。
「のろい?!」
「まじない」
ああ、まじないか。さっきの藁人形という話が頭によぎった。
「ああそれ、学校で友達に勧められたものなの。私はあまりおまじないとかは信じないんだけどね」
なんか意外だな。朝倉はどっちかと言えば占いとかおまじないとか好きそうに見えるが。
「だっておまじないって何も努力してないって感じじゃない。ただ神様とかにお願いするだけでしょ?だったら自分で行動しなきゃ」
そう考えれば朝倉に合わないかもしれないな。長門はどうなんだ、こういうものを信じる方か?
「超常現象と言われるものは、大半が物理学や統計学で説明がつくから信じていない」
長門はなんとなくそんなことを言う気がしたよ。
「でも…あったらおもしろいとも思う」
あったらおもしろい、か。俺も子供の頃は憧れてたもんだが、そんな超常現象なんぞそうそうないのは分かっちまったからな。それでもまだ完全に諦め切れてはないのは、どっかでそういうことを未だに期待してる証拠なんだろう。
「確かにあったらおもしろいかもしれないわ」
朝倉も長門に相槌を打つ。なんだかんだ言って、やっぱりこういう話は好きなんだな。
「全く信じてないわけじゃないからね。ただ、おまじないするくらいなら自分でどうにかした方がいいんじゃないかなって思うだけ」
世の中が朝倉みたいな人間だったら確かにまじないなんか浸透しないだろうと思うが、正直どうしようもない状況というのがあってな。そういうときには神仏に祈らなきゃやってられない、ってのもあるんだろうよ。
「でもそれって、結局は自己満足じゃない?」
そうだろうな。たくさん祈ったから大丈夫なんてことはない。ただ自分が何かをやった、という安心感が欲しいだけだと言ってもいいんだろう。それでも、何もしないよりはいい状況ってものもあるんだ。
「うーん…よく分からないかな」
まあ、その内きっと分かると思うぞ。
「あ、もうこんな時間か」
時計を見上げると後数分で10時。長居しすぎたな。
「別にまだうちはいいんだけど」
そうもいかん。女子の部屋に男子が夜遅くまでいるのも体裁的に良くないだろう。
「そっか…」
そんな残念そうな顔をするなよ。学校でも家でも会えるだろう。玄関口で靴を履いて玄関を開ける。寒っ!そろそろ本格的に風が冬の装いになってきている。そろそろ雪が降ってもおかしくないな。明日からはもう1枚上に必要だ。
しかし、相変わらず朝倉は浮かない顔をしている。うーむ、どうしたものか。
「…私は先に帰る」
長門は俺の横をするりと通って隣の部屋、つまり自分の部屋に入った。入る直前にちらりとこっちを見て一旦静止したのは…気を使ったつもりなんだろうか。
「やれやれ、仕方がない。もうしばらく居るか」
「あ…!」
ぱっと顔が明るくなる。そんなに喜ばれたら帰れなくなりそうだ。
「それで何か用があったとか…そういうことではないのか?」
「うん…、そういうわけじゃないんだけどね。なんか今日はもっと一緒に居たいなって。ほら、たまにそういう気分になることってあるじゃない」
台所から急須と湯飲みを盆に乗せてきた朝倉ははにかみながら言う。まあ、分からんでもないな。急須から湯飲みにお茶を注いで俺に渡し、自分の分の湯飲みに注ぎながら言った言葉に、思わず茶を噴出しかけた。
「今日…良かったら泊まっていかない?」
待て待て待て待て。それはいろんな意味でいかんだろう。もう本当にいろんな意味で。
「そうかな?ほら、明日も休みだし」
休みだとかそういう問題じゃなくて、だな。
「やっぱりダメかな」
う…そんなにしょげられると、断りづらい。ああ、でも歯ブラシだとか着替えとかがないからな。
「あ、大丈夫。それはもう用意してあるの」
何故だ!
「それは乙女のひ・み・つ♪」
いや、秘密と言われてもな…。でもまぁ、朝倉が元気になったことだし。とりあえず、電話だけしてみるぞ。
「うん、お願いね」
じゃあ電話借りるな。えーと、家の番号は、と。あ、母さん?今日ちょっと友達の家に泊まりたいんだが…え、彼女?いや、別に友達の…あ、ちょっ…。
「…どうだった?」
心配そうに声を掛ける朝倉。違う意味で心配だ、俺は。
「いやなんつーか…子供の顔が早く見たいだとか」
ってかいちいち朝倉に言うことじゃなかったな。
「もう、恥ずかしいなぁ…。あ、とりあえずお風呂沸かしちゃうね」
風呂場へ行く朝倉。思ったよりは動揺しなかったようだ。ちょっと安心したような、残念なような。
用意されたパジャマを着て歯を磨きリビングで、俺が風呂に入っている間に敷いたんだろう、2組の(さすがに1組ということはなかった)布団の片方に座っていると、後から風呂に入った朝倉がバスタオル一枚で出てくる。ちょっと待て、その格好はまずいだろ!
「あ、そうだったかな」
かな、じゃなくてそうなんです。服を着てください。しばらくしてネコ柄のパジャマに着替えた朝倉が戻ってくる。
「似合う?」
ああ、似合ってるぞ、ものすごくな。
「ハルカー、寝るよー」
呼ばれたハルカは伸びをしてから朝倉の布団の中へ入って丸くなった。朝倉が電気消すと、一瞬で部屋が暗闇に落ちる。すぐ傍に居る朝倉が見えなくなるくらいに。
布団が温まるにつれて、すぐに眠気がやってくる。せっかくの泊まりなのにな…。
「キョン君、もう寝ちゃった?」
まだ…起きてる…ぞ。
「あのね……でね……」
だんだん朝倉の声が遠のく。悪い、もう起きてられそうにない。直後に記憶が途切れた。