「キョン君、起きてー。朝、朝だよーっ!」
分かったから妹よ、ボディプレスだけはやめてくれ。爽やかな朝が迎えられん。
ずるずると布団から、洗濯糊で作ったスライムのようにでろでろと這い出す。寒っ!
こんな寒いときにも、ハイテンションの塊のあいつはいつも通り…。いつも通り…いつも通りなんだった…?というか、あいつって誰だ?
寝ぼけてるらしい、顔でも洗ってくるか。

さて、いつも通りあの長くてだるい坂を登っていた。夏と違って坂を登って汗をかくことは無いが…今度はこの寒さの中の長距離競歩は、冷凍庫に入ったマグロの気分だ。
この坂に、冷暖房完備のエスカレータでも付かないかなと思うが、さすがに一高校のためだけに、ただでさえ国債の山である国家予算の赤字をこれ以上増やすわけにはいかず、いやまずその前にそんなことをしたら日本中の学校全てにあれやこれやの要望が実現化されるせいで日本はいっぺんに経済危機に陥るに違いない。
結局どんなに文句を言ったところで坂道が平坦になるわけもなく、やっぱりだらだらと坂道を登っていくのだった。
「よう」
と声を掛けてきたのは悪友、谷口だった。大体登校時間が同じくらいらしく、よく会う。俺もよう、と声を掛け返して男二人、他愛もない話をしながらこの坂を踏みしめていた。
すると、だ。
後ろから元気な声で「おはよう!」と掛けていく声が聞こえる。うちの学校でそうやって積極的に声を掛けていくやつは少ない。友達同士で声を掛けるならともかく、な。そして、そんなことをするのは俺の知り合いでは一人しかいない。
「おはようっ!」
元気よく声を掛けてきた、背後の元気な人物。谷口は「おはよう!今日も元気だねぇ」などと言っていたが、俺は軽く「おはよう」と返すだけにした。
「今日も暑いわよね」
振り返り黒い艶髪をさらりと払って言ったその女子の名前は朝倉涼子。谷口的美人ランクAA+、学級委員長で何事もそつなくこなす美少女。それだけじゃなかった気がするが、まぁ気にしないでおく。とりあえずいうなれば、かなり完璧に近い優等生美少女だ。高嶺の花と言っても過言じゃないな。そんなことを鼻にもかけずみんなに挨拶する姿に俺は、えーっと…誰かに爪垢を煎じて飲ませたいものだな、と思っていたのだが、誰だ?
少しボケが始まってきているのかもしれない。軽く頭を叩いてみる。何も出てこない。なら重要なことじゃないんだろうとあっさりと思い出すことをやめた。
「もう、ここまでくれば安心よね。ホント今日は疲れちゃった」
伸びをして大きく深呼吸する姿は、同年齢の女子より少し大人びて見える。
「おっとお邪魔かな。んじゃ、お二人で仲良く〜」
谷口はそう言うと先に行ってしまった。…ん?なんで谷口は先に行ったんだ?
「何を言ってるの?もう、寝ぼけちゃって。私たちの邪魔にならないようにでしょ」
邪魔にならないように…ってどういうことだ?
「何言ってるの?大丈夫かしら。付き合い始めてもう1ヶ月にはなるのに」
…そうだったな。あの夕方の呼び出しのとき、告白されたんだっけな。
「そうよ。もう、ちゃんと朝ごはん食べたの?」
食べたが…どうも今日は調子良くなくてな。何かとボケてるんだ。まぁ、授業が始まる頃には治ってるだろう。んで、今日はいつもより遅いがどうしたんだ?
俺の問いにちょん、と舌を出して恥ずかしそうに笑う朝倉。
「ちょっと寝坊しちゃって。お弁当毎日朝作ってるんだけど、その時間が結構ギリギリになっちゃったから走ってきたの」
その割にはちゃんとみんなに挨拶してるんだから偉いよな。
「そんなことないと思うけどな。だって、やっぱり朝の挨拶は気持ちいいじゃない?」
と、言われても顔見知りに会うときくらいしか挨拶はしないからな。正直気持ちいいか分からん。
「じゃあ、明日から一緒に朝の挨拶する?あ、おはよう」
会話しながらも通り過ぎる学生たちに声を掛ける。いや、俺は遠慮しておくよ。俺はお前みたいに聖人君子なわけでもないからな。
にしても、毎日弁当作ってるとはすごいな。妹に飛び乗られてしぶしぶ起きる俺にはありえない話だ。
「あら、相変わらず妹さんに起こしてもらってるの?」
というか、勝手に部屋に入ってきて起こしに来るんだよ。シャミセンと遊びに…。
そこまで言ってなんて名前だ、誰が付けたんだそんな名前。…妹くらいしか居ないな。まぁ、それはいいとして、親から言われて起こしに来るんだ、遊びのついでに。
「本当に偉いわね、妹さん」
まぁ、そのお陰でこうしてお前と一緒に登校できてるわけだから、ありがたいといえばありがたいな。
そうこうしている間に教室までやってくる。窓際最後尾である俺の右隣には、朝倉の席。授業中分からないことがあったらこっそりと授業中によく聞くことがある。…まぁ、大体がテストに出るとかそういうことを聞き逃したり、突然当てられたりしたときなんだがな。
「あ、そうだ。キョン君、今日帰りに委員長会議があるの覚えてる?」
「いや、覚えてない」
「もう。あなたも委員長なんだから、しっかりしてよね」
腰に手を当ててふくれっ面をする朝倉。正直言おう。かなり可愛い。
「とにかく、今日の帰りはちゃんと残ってよね。それに終わったら一緒に買い物行くんだから」
何か欲しいものがあるのか?
「新しいアクセサリが欲しくなっちゃって。どうせならペアで買いましょ。彼氏なんだから、ちゃんと付いてきてくれるわよね?」
あぁ、彼氏だからな。
なんとなく”彼氏”という言葉にひっかかりを覚えながら俺はそう言った。今日はちょっとおかしい。さっさと授業終わって二人で出かけたいものだ。