「やれやれ…、今日も疲れた」
しっかし、課長もひでぇよな。自分のミス、俺に押し付けて怒鳴り散らす上に部長にあれやこれや、あることないこと吹き込んで。全く、やってられんぜ。
まぁ、まだクビにされないだけマシなのかもしれんがな。実際、クビにされたら困る。非常に困る。
だらだらと一人で住んでるならまだしも、俺にもようやくというかなんというか、紆余曲折の後にできた妻が居る。もう高校時代からの付き合いなんだがな。かれこれ、もう5年くらいになるか。あの頃はSOS団とかいう、涼宮ハルヒのけったいな同好会、いや同好会の体すら結局立たなかったし、団のままでいいか。まぁ、あれのせいで毎日がスペシャル、いやある意味スペシャルだが、気分はブラックマンデーだったからな。
そんな頃に出会ったあいつは、まぁ結局俺となぜかくっついちゃってるわけで。いやはや、本当に運命とかいうのはよく分からんね。
古泉的に言って、ハルヒの能力で世界が構築され直すとか、朝比奈さん・長門派みたいに無意識のうちに世界滅亡方法を発見することもなく、俺は大学へ進んだ。もちろん、既に現・妻なる彼女は同じ大学だった。そういや、ハルヒのあの奇妙なというか傍迷惑な能力は、高校を境にぴたっと効果を無くしたらしい。理由は古泉の上層部『機関』とやらも、朝比奈さん率いる『未来人』も、あの朝倉・長門の親玉『情報統合思念体』でさえも分からなかったらしい。まぁ、俺にとっては安寧の地を得たわけだからいいんだがな。
まぁ、それはさておき。大学の間に学生結婚しようか、なんて考えもあったが、正直あの高校の頃に振り回されたせいか、いやいや、元々勉強する気力なんかノミの大きさと比べても明らかに小さかっただろう、まぁとにかくいろんな理由によってとにかく頭が良くなかったため、一流大学に入れるわけもなく、結局地方の聞いたところで首を傾げるだろう大学にめでたく入学し、その後平凡なサラリーマンと相成ったわけだ。
本来なら平気で一流大学を主席で合格できそうな頭をしているのに、俺と一緒に居るためにそれを蹴り、まぁもちろんその地方大学で主席として君臨している。しかし、そんなことも鼻にかけず、というか気にも留めず、大学でも有名な公認カップルとして大学の4年間を過ごした。
そんな回想を遮ったのは他でもない、我が家の扉だ。ただいま帰ったぞ。
「あ、おかえりなさい」
ぱたぱたとスリッパの音を立てて走ってくる人。それは、昔からちっとも変わってない、いやもっと女らしくなった朝倉涼子。いや、もう朝倉じゃないんだな。
「もうご飯の用意できてるわよ。手を洗ってきて、ご飯にしましょ」
にこっと笑ってからまた来たときみたいにぱたぱたとスリッパを鳴らして帰っていく涼子。奥からいいにおいがする。今日は…和風の食卓だな。
洗面台で手を洗って、リビングまで来ると既に涼子はイスに座って俺を待っていた。
「ささ、早く早く」
そんなに急かさなくても飯は逃げないだろう。
「でも、冷めたら美味しくないわ。やっぱりご飯は美味しく食べないと、ね」
まぁそれはそうだが。背広をハンガーに掛けて、ネクタイもはずす。ふぅ、ここまでやるとやっと仕事が終わったという感じがするな。
「もう、手を洗ってから服脱いだら意味ないでしょう?」
う…、まぁ少しくらい見逃してくれ。
「だーめ。それで病気になったらお仕事にもいけなくなるんだし、もう一度洗ってきて。ご飯は逃げないんだから」
さっきと言ってることが違うが…まぁいいか。
もう一度手を洗って、席に座る。さぁ、食うぞ。
「じゃあ、いただきます」
「はい、召し上がれ」
今日は筑前煮と秋刀魚の塩焼き、ひじきの煮つけと味噌汁か。
「どう、おいしい?」
「おう、美味いぞ」
もちろん、世辞でもなんでもない。涼子の料理はいつ食べても美味い。なんといっても、大学時代はずっと涼子の手作り弁当だったからな。…でんぶでハートマーク描かれたときにはさすがに恥ずかしくて、すぐにやめてもらったが、未だにオムライスにケチャップでハートマークを描いたりするお茶目さは残っている。これが高校1、大学1の天才美少女だとは誰が思おうか。
「今日のお仕事、どうだった?」
「また課長にどやされて散々だった」
「あらあら…、大変だったのね」
帰ってきてこういう会話をするのが一番ほっとする。やっぱり、家族ってのはいいもんだな。
高校のあの日。そう、卒業するとき。
「情報統合思念体が完全に私を切り離した」
「どういうことだ?」
何がなんだか分からない。もっと分かりやすく説明してくれ。
「…同期も何もできない。閉鎖空間も作れない、ただの女になったっていうこと」
「…そうか」
「…残念だった?せっかく付き合いだしたのに、いろんな能力無くなって」
朝倉は…そう、あの頃はまだ朝倉って呼んでたんだっけか。そうやって寂しそうに笑ってたのを覚えてる。だから、俺はその顔が見たくなくて抱きしめた。
「俺はお前が好きなんだ。どんな状態でも、お前であることは変わらない。だから、俺は今でもお前が好きだ。そして、これからもな」
正直、あのときの顔は自分で見たらきっとゆでだこ以上に真っ赤だったと思う。もう、あんな恥ずかしいことを言うのは一度きりにしたいものだ。
「…ン…キョ………ん!キョン君!」
「あ、わり。なんだ?」
「もう、さっきからご飯食べるのも止まってたからどうしたのかと思ったわ」
「あぁ、ちょっと昔のことを思い出しててな。っていうか、そろそろそのキョン君はやめないか?」
「そう?私は気に入ってるんだけど…。じゃぁ、あなた」
…それはそれで恥ずかしい気がする。
「じゃあ、キョン君でいいわよね?」
好きにしてくれ。
「うん」
嬉しそうに頷いて食事を再開する涼子。しかし、すぐに箸を止めて、
「それで、どんなこと思い出してたの?」
「ん?…あぁ、お前が情報統合思念体から切り離されて…」
あの恥ずかしい告白シーンとかな。
「うふふ、あの時は…本当に嬉しかったな。お前であるのは変わらない。お前が好きだって」
「…思い出させるな、恥ずかしすぎる」
「いいじゃない。本当に嬉しかったんだから」
箸をおいて肘をテーブルに置いて顔をこちらに向けて置く。ご飯のときは、テーブルに肘ついちゃいけません!
「くすっ」
鼻で笑われました。
そんなやり取りをしながら夕飯も終了。食事が終わったら全部食器を下げてくれる涼子。本当に、いい嫁だよ。二人ともパジャマに着替えて、終わったら二人でのんびりとテレビを見る。そして、日が変わってしばらくする頃に、
「ん…そろそろ眠くなってきたかも…」
というような涼子の言葉で寝室へ向かう。
枕もとのライトをつけて、部屋の電気を消す。二人でふとんに入ると涼子のぬくもりが感じられるが、未だにドキドキするな。
「ねぇ…」
「ん、なんだ?」
「…これからもずっと、一緒だよね」
ああ、ずっとな。
「よかった…」
まぁ、仕事がクビになったりでもしたら、大変になるがな。
「そのときは、私も仕事探してがんばるよ」
「いや、それはなんとなく俺がダメ人間みたいで嫌だ」
「そうかな?今時共働きって多いよ?」
「それにだな。お前は俺のところに永久就職する、って言ったんだ。少しはその夢を実現させてくれ」
「…くすくす。やっぱり、そういうところ、昔から変わってないんだね」
仕方がないだろう。そういう性格なんだから。
「うん。だからこそ、私も好きになったんだから」
そろそろ明かり、消すぞ。
「うん…。おやすみなさい、あ・な・た」
「…」
「少しくらい反応してくれてもいいのに」
してやるもんか。
「うふふ。…おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
明かりを消すとすぐに意識がまどろんでくる。
あぁ…明日もまた仕事だ。でもまぁ…涼子と一緒なら、きっと大丈夫だ。
俺はそんなことを考えながら意識がブラックアウトした。