「んなもんは分かってる。じゃなければ長門たちも戦っていないだろうよ」
「ほう。やはり先の女郎共は主の輩であったか。ながと、とはどう書くのか? 先のあさひなというのは大方予想ができるが、やはり長いに門か?」
「お前に関係ないだろ」
こいつがここに居るということは無事にあの3人は逃げ延びられたのか?
……いや、そうとも限らない。全員を倒して何処かに処分した後というのも考えられる。さっき俺が見ていたことを知っているようだから、ここへ入ってくることは予想済みのはず。
逃げるにしても、何にしてもこいつの注意を逸らすか何かしなきゃいけないのは確かだ。
「よし」
開いていた鉄扇を再び閉じてそれを俺の方に向ける。
「今一度これを受け立ち上がる、または避ける、しからば女郎共の所在を教えよう。できぬならそのまま永眠するが良い」
他人に現状がどうのこうのと言っておいて自分が現状を見てないのかよ、こいつは。こっちはさっきのダメージでほとんどまともに動けない状態だというのに。
つーか永眠とかさらりと真顔で怖いこと言うな。この状況で、さらに武器と相手を考えるとリアルすぎるだろ。
「この鉄扇、先端から針が出るようになっておってな。さらにこの針にはマムシの毒が塗って、」
「真面目に殺す気かよ!」
んなもん食らったら毒消し云々の前に即死じゃねえか。
「そうであろうな。当たり所が良い方が主にとって幸運とは愉快なことよ」
「愉快とか言うんじゃねえ」
くっくっくと押し殺した笑いをする和服娘。喋り方とかこんな時代にこんな服装ってこいつ一体いくつだよ。普通の世界じゃないからそれくらいの普通じゃなさは大して驚きにはならなくとも、非常識さに一役買ってるのだけは間違いない。
にしてもこいつは人の生き死にというものに全く無頓着なのか、こいつ。昔の朝倉涼子とまんまだな。あれより背が低く、さらに凶暴化してる気がするけどさ。
なんといっても恐怖なのはあの鈍器としか思えない扇子だ。あれを束ねた状態で後頭部を叩かれたらまず脳震盪で倒れることは間違いない。後はどうなるか、考えるだけでもおぞましい。
もし腹部やその他別のところに当たったとしても酷いあざができたり、足を狙われたらまともに立って歩けるかも心配だ。
さっきの1度避けるか受け止めるかすれば長門たちの所在を教えると言っていたが、俺を解放するともあいつらが無事かどうかも言っていない。こいつが約束を守るという確証も無い。
どうするべきか。
逃げるにしてもあいつを背にして逃げられるとは思えないし、かといって3人掛かりで倒せていないこいつを言わば新米剣士の俺が倒せるとも思えない。
だったら逃げるための隙を作るしかない。幸いこっちには飛び道具というものがあるんだ。
かといってこの場で最初からボウガンを構えてはバレる。近づいたらボウガンが飛び出る罠を張るにも時間やタイミングが無い。
「お前が言ったその1回避けるか攻撃を受けるかしたら長門たちの所在を教えるという話、乗ってやるよ」
「覚悟を決めたか」
確かにボウガンは遠距離で攻撃するにはもってこいだ。
しかしながらそれ以外にも大きな利点がある。相手の鉄扇を防げば防御はがら空き。そうすれば相手にほぼ確実にボウガンが入る。
当てないでいい。当てる気も無い。当てられるとも思えない。脅して隙ができればいい。袖や股下の布辺りに当てれば一時的に動きを鈍らせることはできるかもしれない。後は全力疾走だ。
問題はあいつと立ち位置を反対にする必要があることか。
現状では入ってきた扉、座敷童子もどき、俺の順番で並んでいる。つまりあいつとすれ違わないといけない。今の距離ではせっかく隙を作っても扉まで辿り着くのが精一杯か。
「と思うたら逃げる算段か。嘆かわしい」
「……」
「小鼠のように辺りを見回していれば自ずと分かる。今まで勝手に土足で踏み入りよった者どもと何ら変わりはせぬか」
「そりゃ死にたくないから逃げるのは当たり前だろうが」
「開き直りよって。……安心しろ、嘘は吐かん。逃げ道など探さねども良い。主はただ1度、この鉄扇を受けるか避けるかすれば良い」
さすがに今更無かったことにはできないだろうから、もうこりゃ死に物狂いで避けるしか無さそうだ。
左の足を滑らせるようにして前へ出す。照明が随分高いところにあるから分かり辛いが、どうやら草鞋でも履いているらしい。何処までも時代遅れというか。
「用意はいいか?」
「少しだけ待ってくれ」
「良かろう」
左手を刀の鞘を支え、右手を刀の柄に添える。
1撃と言っていたがどう攻撃を掛けてくるか分からない。ただ単に鉄扇を束ねて振り下ろしてくるとは思えない。さっき針がどうのってひけらかしたくらいだからそれを使うことも含めて考えなければならない。
どうせ逃げられそうに無い。ならばさっき考えてたような逃走用の手間を考えなければ避けるのだけなら可能かもしれん。
たった1発。されど1発。当たれば即死。当たらなければどうということはないが、当たらない確率の方が低そうなのは何故なんだろうな。
普通に振り下ろしてたり突いてきたら横に、薙いできたらしゃがむかジャンプ。避けられそうになければ刀で受けるしかない。
後はなるようになれ。
「そろそろ良いか?」
「……ああ」
「では参る。いざ!」