期待、していたのだが。
「長門有希」
記憶喪失は治っていなかったし、思い出した単語数も増えていなかった。これはあれか、某育成ゲームみたいに、少しずつ単語を教えて、覚えさせていけとか、そういうことなのか?
長門の部屋に集まって、SON組緊急会議が開かれた。議題はもちろん「この状態の長門をどうするか」。
といってもだな、
「俺たちではどうしようもないし、病院連れて行ったほうがいいんじゃないか?」
「そうですね。全生活史健忘でも、一過性全健忘でもないようですし」
なんだ、古泉。そのなんたら健忘となんたら健忘ってのは。
「いわゆる、記憶喪失というものには様々なものがありまして。まず、前向性と逆向性の健忘があります」
全部聞かないといかんのか?
「どちらでも。ただし、何かのヒントになる可能性もありますよ」
……まあ、言ってみろ。
「はい」
嬉しそうな顔をするな。
「前向性の健忘とは、これから新しく覚える事に対して、逆向性とは今までの事に対しての健忘です。前向性健忘にかかると、新しいことを、何も覚えられません。これに対し、逆向性健忘は所謂一般的な「健忘症」の事を指し、今までの体験が、部分的に、あるいは全体的に思い出せないようになります」
今の長門の場合は逆向性か。
「はい。そして、全生活史健忘というのは、自分の名前や家族の名前、年齢などは全く覚えていないのに、生活は問題なくできるという、特殊な状態の健忘です。自分以外のことはよく覚えている代わりに、自分に関連することはほとんど覚えていない、というのが特徴なのですが……」
自分の名前は覚えているし、他の事は何も覚えていない。当てはまらないな。
「ええ。一方、一過性健忘というのは、その名の通り、一過性の健忘症のことです。ですが、こちらは前向性健忘ですし、何よりも1日もすれば、だんだん戻っていくはずです。長門さんのこの状況は、僕もよく分かりませんね」
「さすがに、有希には駄目よね」
何がだ。
「ほら、強く頭を打った場合に記憶喪失になったら、アニメとか漫画だったらもう一度強い衝撃を与えたら治るって言うじゃない」
そりゃまずいだろ。
「それは根本的な治療方法ではないですし、危険ですからやめましょう」
「やっぱ、そうよね。キョンならまだしも」
俺ならいいのかよ!
「でも、長門さん、どうしてこんなことになっちゃったんでしょう?」
朝比奈さんの質問は、また最初の疑問に戻ってきてしまった。正直、誰も分かる奴が居ない。
「みくるちゃん!だから、それを考えてるんでしょ!」
「す、すみませぇん」
うーん……ってあれ?
「長門は?」
「あ、あれ?」
朝倉と実希の間ちょい後ろで、本を読むってことは忘れていないらしく、静かにページを捲っていたはずなんだが。
と、思ったら。
「有希!」
台所からごそごそと音がしたと思ったら、長門はお盆に人数分のオレンジジュースのコップを乗せて運んでくる最中だった。長門、そんなことしないで座っていればいいんだぞ。
「そうよ。長門さんは座ってて良かったのに」
「……?」
どうやら、もてなしをしなくてはいけない、と思ったらしい。最初に長門の部屋に来たときも、確かに飲み物を出されたしな。
「癖とかは残っているらしいですね。やはり、前生活史健忘に近いような気もするんですが」
そうだな。
にしても、長門がこうなるってことは、また何かの事件だったりしないんだろうか。やっと落ち着いたと思ったのにな。
いや、もしそうなら、朝倉や実希がこんなにのんびりしてないか。朝倉は長門のバックアップなんだから、本体がやばかったら直そうとするはずだし、実希だって基本は長門に頼っているはずだ。
こんなに落ち着いていられる、ってことは、大きな問題ではないみたいだな。
「キョン、行くわよ」
一人で考え事をしていたら、突然ハルヒにそう言って肩をたたかれた。
突然なんだ。どこに行くんだ?
「何言ってるのよ。今の話聞いてたでしょ」
いや、すまん。さっぱり何も聞いてなかった。
「ぼーっとして聞いてなかったんでしょ、全く……。学校へ行って、有希が記憶喪失になった理由を探すわよ」
おいおい。長門が何も覚えてないのに、俺らが行ったところで意味無いだろうが。それとも、まだ誰かに殴られたとか思ってるんじゃないだろうな。
それに、病院はどうした。病院に連れて行くほうが先だろう。
「朝倉さんと実希が連れて行ってくれたわ。ぞろぞろ引き連れて病院行っても、やることもないからって、こっちをまかされたって訳」
朝倉と実希もむちゃくちゃなことを言いやがる。唐突に起こった長門の記憶喪失の理由を探すなんて、暗室に閉じ込められ「どこかに鍵が落ちてるから取ってきて」みたいなことを言ってるのと同じだぞ。
いや、違うな。「鍵があるかもしれないから探してきて」ってところか。そもそも、理由なんか見つかる訳ないだろうが。
「とにかく。行くわよ、学校」
まあ、いつものごとく、拒否権は無いんだろうな。いや、どうせここで燻っていても何か見つかる訳でもないし、だったら少ない可能性に掛けて、暗室中歩き回った方がマシってところか。
分かったよ。行こうぜ、学校。
長門姉妹、朝倉を除いた俺たち5人は、学校へ向かって一路、出発した。