「知ってますか?あの桜って、根元にビンに入れた恋文を埋めておくと、恋愛が叶うっていう噂があるんですよ」
それは知らなかったな。
「あ、私その話聞いたことあります。あの桜がそうだったんですかぁ」
朝比奈さんなら、確かにその手の話は好きそうだし、知っていてもおかしくない気がする。
「恋愛のみ叶えるとか胡散臭いわね。まあ、願いを何でも叶えるというのも胡散臭いけど」
じゃあ、全部胡散臭いんじゃないか。
にしても、ビン自体が随分多いとは思ったが、そういう理由だったわけか。掘った後も大分あったし、割と有名な話なのかもしれないな。
……いや、待て、よく考えろ。何故あのビンだけしか、手紙が残ってなかったんだ?
紙は土に埋めておけば自然に還る、というのは自然の摂理である。だから、ハルヒや長門が掘り出したいくつかのビンに入っていた手紙は、完全に土に還ってしまい、残っていなかったと考えてもいいだろう。
しかし、すぐに疑念が浮上する。数多く掘り返した中で、1つのビンにしか手紙が入っていなかったということは、常識的に考えてもおかしいんじゃないか?
その桜の根元にラブレターを埋めると、恋愛が成就するなんていう噂が、古いか新しいかを今すぐ確かめる術は無い。つまり、噂が古いものであり、ビンの中に土が入っていたら、中の手紙が完全に土に還っている可能性だって否定できないわけだ。
だが、朝比奈さんが知っているくらいに、未だに伝わっている噂である。未だにそういう迷信を信じて、ビンを埋めるようなヤツが居てもおかしくない。
2桁に上るビンを掘り当てて、その中にたった1つの手紙しか見つからない確率なんて、潮干狩りに行って、周りは何十貝(ばい)とあさりを見つけているのに、自分だけ見つからないようなもんだろう。
なんとなく、運命とか因縁とかいう言葉を信じてしまいそうになるな。
「だから、埋めておいたのね?」
「はい。……もちろん、本気にはしていなかったんですが、少しだけ信じてみたかったんです」
「花瓶の水、替えてきたわよ」
「あ、ありがとうございます」
ベッドの上で、シャリシャリと器用に果物ナイフで、リンゴの皮を全部剥ききろうとした少女は、入ってきた朝倉に軽く会釈した。
そして、すぐ、
「あ、うさぎにするのを忘れました」
と言いながら、新しいリンゴを手に取り、
「いや、それは別にいいだろう」
と思わず俺が止める一連の流れが約5秒。漫才でもやっているようなテンポだ。
「だめです。リンゴはうさぎと決まっているんです」
びし、と果物ナイフを俺に向けて宣言する。
ナイフを人に向けちゃいけないと習わなかったのかね。それでなくても、ナイフを向けられるということについては、俺には思い出したくないような過去があるんだからな。
「あ、すみませんでした」
と言いつつ、いそいそとうさぎ作りに戻る少女。やれやれ。
今居るのは、地域の中でも大きめの病院で、我らSON組は今ベッドの上に居る少女の見舞い、という名目でここに存在する。
名目と言うのも、このベッドを利用している彼女が、医者や親にそう説明してくれたお陰だ。
さて、何故こんなところに居るのか。これは、数日前にハルヒが桜の木の下で見つけた、あの手紙の処分をどうするか決めるため行われた、翌日のSON組緊急会議に因るものである。
故に、そこまで時間を遡って話をするべきだろう。
「この手紙の主を探すわよ」
……は?
と、思わず聞き返してしまったのは俺だけだが、そう言いたかったのは俺だけではなかろう。
「は?とかボケ老人が、「もう晩御飯は食べたでしょ」とか言われて呆然としてるみたいな返事するんじゃないわよ。この手紙の差出人を探すのよ」
なんでまた。誘拐された、とかいう手紙ならまだしも、ただのラブレターだろ?こんなもの渡されても、「勝手に読んだんですか!」とか詰め寄られ、尋問され、警察沙汰にはならずとも、学校に連絡されるとか、そういう問題までは発展すること、想像に難くない。
「そ、そうですよ。やっぱり、自分が書いたラブレターを、他人に見られるのって恥ずかしいと思いますし、ここは無かった事にするのが一番じゃ、」
「だめよ!」
ひうっ、と朝比奈さんが声を上げて竦みあがる。
「あんなところで、こんなものを見つけるなんて、絶対なんかあるのよ。さあ、SON組の総力を結集して、この少女を探しに行くわ!」
と、そんなこんなでこの少女に行き着いたという訳である。
手紙の主がこの子だという事実に突き当たるまでは時間がかからなかった。名前が書いてあり、後はSON組の総力をあげての捜索。数日としない内に、長門から「見つかった」という連絡が。
まあ、この際だから気にしてはいけないんだろうが、長門の情報というのはものすごく怪しさを醸し出している気がする。情報操作でもして手に入れたんじゃないかと疑ってしまうのは、勘ぐり過ぎか?
かといって、「まさか情報操作したんじゃないだろうな」と面と向かって言うわけにもいかず、言って「使った」と淡白に返されても、今度はこっちが返答に困るので、聞かないことにする。最近増えたな、こうやって言わずに溜めておくことが。
心配していた「この人、不審人物です」的展開は、ハルヒの「あたし達SON組が不思議探索をしているときに、たまたまあなたの手紙を掘り当てたんです」という言葉に、正確には「不思議探索」という言葉にだろう、目を輝かせた少女は、あっさり俺たちを受け入れた。いいんだろうか、こんなことで。
ぽろりとそんなことを漏らした俺に、
「いいんですよ。不思議探索をしている人たちなんて、なかなか会えるものじゃありませんし」
まあ、そんな奇怪な人間が山ほど居るものじゃないと思う。
そんな言葉を笑顔で言った後、
「それに、お見舞いに来る人なんて居ませんでしたから」
と、少し沈痛な面持ちを垣間見せた。すぐに笑顔に戻ったが、実のところ訳あり、という様子だな。
名前は深山静香。病気による入院ではなく、車との接触事故で入院していたらしい。ハルヒ並によく喋る女子である、という印象が強い。
年はさすがに聞くのは躊躇われたが、ハルヒ情報で同じ年だということが判明。
両親は共働きで、深山さんの治療費のために仕事をがんばっているとか。一度だけ両親に会ったが、その時は「学校の知り合い」ということにしておいた。
文学少女であることから、出会ってすぐ長門姉妹と仲良くなり、本の貸し借りもしているようだ。もしかして、この読書好きが高じて、ハルヒみたいな非日常を願うようになって、「不思議探索」なんて言葉に反応したのかもしれない。
「こっちの恋愛小説は非常に人気なんですよ。漫画にもなっていて、恋愛のバイブルなんて呼ばれてもいるらしいです」
「名前だけは聞いたことありましたけど、まだ読んだことなかったんです。じゃあ、お借りします」
「はい、どうぞ。……えっと、長門有希さん、で合ってましたよね?」
「合ってる」
長門の方は相変わらず寡黙で、本当に仲良くなったかは定かではないような気もするが、聞かれたことにはしっかり返しているみたいだし、本についての会話は何度か成立しているのを見ているため、少なくとも話す気があるというのは確かなようだ。
「有希さんは、どんな本を読んでいるんですか?」
ごそごそと本を取り出して見せたのは、最近なんたら賞を取った有名なハードカバーで、長門から借りた俺が睡魔と闘いながらも、約3分の1まで読んで投げ出してしまった本である。活字が詰め詰めで書いてあって、壇上でお偉いさんがありがたすぎる話の次くらいに、こういう本は眠気を誘ってくれる。
「あ、それ、読んだことないです。おもしろかったですか?」
「割と。読む?」
「もう読み終わったんですか?」
長門が縦に首を振ると、「じゃあ借りますね」と大切そうにそれを受け取り、ベッドの上に積んである本の一番上に置いた。
そんな感じで、初対面から数日。
すぐに仲良くなった面々ととりとめのない話ばかりをして、限りなくほのぼのしていたわけだが、当初の目的を忘れつつあったある日、ハルヒが発したのが冒頭の会話のちょい前である。
これを正確に言えば、ハルヒが「そういや、何であんなところにビン詰めの手紙を埋めておいたの?」なんて声を掛けたときの深山さんの答えが、冒頭の回答ってことだ。
話が随分長くなったな。「何故深山さんが手紙をあの桜の根元に埋めたか」については、また後日ということにしよう。