「で、どういうことだったのよ。あの手紙」
人に物を聞く時の態度じゃないだろう、それは。あと、勝手にリンゴ食うな。
「あ、いいですよ。こっちのうさぎもどうぞ」
2つ目のリンゴの皮を無事うさぎ耳にして満足した深山さんは、別の皿に盛ったうさぎリンゴを差し出す。
じゃあ、1つ頂くとしよう。
「うさぎ型にすると、なんか遠足気分でいいですよね」
朝比奈さんがしゃりしゃりとうさぎじゃないリンゴを頬張りながら言う。
「そうなんですよ〜。だから、リンゴを剥く時は大体うさぎ型にしてます。あ、でも今度はちょっと可哀想になったりもするんですよね」
「ですねー」
朝比奈さんと意気投合していたが、突然、
「本当はちゃんと手渡しするつもりだったんです」
と言い出すので、一瞬何を言い始めたのか分からなかった。瞬き3回くらいの時間をもって、ああ、さっきハルヒが尋ねていたことに対する返答なんだなと気づいた。
「でも、あの人は一流大学を目指すような、とても頭のいい人で、家系も大体医者とか議員とか、とにかくすごい人なんです」
いわゆる、エリートという訳だ。
「はい。でも、私はそんなに頭が良い訳でもないですし、一緒に居るのはきっと無理だなーって思って。でも、好きなのは変わらなくて」
「それで、せっかく書いたラブレターを埋めたと、そういうことですか」
古泉の問いに「えっと、ちょっと違うんです」と答えてから、
「中学から高校に上がって、あの人とは別の学校へ行きました。もちろん、彼は一流大学への道がある高校。私はそんなに有名じゃない地元の高校です。だから、もう会えないと思ってたんですけど……」
一度言葉を区切ってから、続けた。
「居たんです、最近。たまたま実家に帰ってきていただけかもしれませんけど」
それで、再燃したということか。なんか、そういうことわざがあったような。
「焼け木杭(ぼっくい)には火が付き易い」
長門が言う。ああ、なんかそんな感じだ。
「私だけ勝手に、ですけど。それで、書いたところまでは良かったんですが、直接渡しにいくのも恥ずかしくて、結局渡せなかったんです。それで、噂のこと思い出して、せっかくだからって埋めてみたんです」
足を撫でる。包帯が未だに巻かれていて、足の様子は直接見ることができない。
「それからすぐ、事故に遭ったんです。私が思っていたより酷かったらしくて、事故直後は立ち上がれないくらいでした」
かなりの事故だったってことか。
「いえ、事故自体は大きなものじゃなかったんですよ。相手は軽自動車でしたから。ただ、速度と当たり所が悪かったって、お医者さんは言ってました」
「リハビリとかは、もう始めてるのかなっ?」
「まだです。あ、でももうそろそろ始めても良いって、一昨日くらいに言われました。とりあえず、歩くことができるようにはなるらしいです。でも、もう走ったりすることは無理かもしれないって」
少しだけ、病室の空気が重くなった気がする。
「私、昔から本が好きで、本ばかり読んでいたんですよ」
そんな空気を飛ばすように、努めて明るく深山さんが言う。
「そのせいか、どちらかと言えば、教室では目立たない方だったんです。でも、あの人だけは私に話しかけてくれて、図書委員をしている時も、たまに話しかけてくれたり」
楽しそうに、非常に楽しそうに話す深山さんの笑顔は痛々しかった。
「分かってはいるんです。あの人はどんな人にも優しくて、私だけが特別じゃないんだということは」
苦笑いを浮かべたまま、
「だから、恋文を書て、あの桜の根元に埋めて、私の恋は終わりました」
1つの本を読み終えたみたいな顔で、彼女は言葉を一度切った。
「……その男の名前は?」
不機嫌そうに、とにかく不機嫌そうにハルヒが言う。さっきから1人でリンゴ1個分くらい平らげてる気がする。
「日野正治、という人です」
「そう」
不機嫌さは増すばかりで、病院の部屋の不快感が間欠泉みたいに急上昇している気がする。
「奇跡でも起きなければ、足も思うように動かないみたいです。このままだとお父さんやお母さんに迷惑もかかるし――」
ダンという大きな音に、音を立てた本人とTFEI組以外は驚く。
個室であり、他の客に迷惑がかからなかっただけマシとするか。
「だったら、何?逃げるの?」
「逃げる、と言っても」
「言っても何」
責めるようなハルヒの声に、
「おい、お前。いくらなんでも、」
「キョンは黙ってて!」
止めに入った俺がハルヒの怒声で一蹴される。ハルヒはキッと悪党を睨みつける正義のヒーローみたいに、
「奇跡なんかね、待ってたって来ないわよ。欲しいなら自分で起こしなさい」
視線をそらして、病室を出て行くハルヒ。残された深山さんは泣きそうになっていて、俺はそれを見ないようにハルヒを追いかけた。
病院から出てすぐにハルヒを捕まえ、
「いくらなんでも、やりす、」
「キョン。捜すわよ」
「……唐突に何を言い出すんだ。とにかく、さっきのはだな」
「日野正治って男を捜すわよ」
何か言い出したぞ、こいつ。
「会わせるのよ、2人を」
「なんでだ」
「イライラするのよ、あの子見てると」
ハルヒは強く拳を握る。
「だから、2人を会わせるわ。で、全部自分の言いたいこと言わせるの。奇跡が起こるかは、彼女の努力次第よ」
「……そうかよ」
なんだ。ハルヒはなかなかどうして、おせっかいなところがあるじゃないか。
ただ、素直になれなくて、不器用だからああいうしかなかったってことか。
「しかしだな、見つかったとして、どうするんだ?簡単には会ってくれそうに無いが」
それに、その日野正治って人が、彼女を覚えていない可能性もあるぞ。
「覚えてるわよ。いちいち、図書室まで見に来るようなヤツなんでしょ」
たまたま図書室に来て、その時は顔を覚えていたから、話しかけただけかもしれないし、
「とにかく探して、あの子に会うように説得するのよ。そうね、あんたと有希で行ってきなさい。あまり多すぎても、向こうも困るだろうし」
と言うや否や、病院内へ戻っていく。途中で、組員全員が出てきて、それぞれにも同じことを言ったらしい。伝えた後、病室へまた走っていった。
あいつはなんだかんだ言って、芯のところは悪いやつじゃないし、言い過ぎたと謝りにいったのかもな。
SON組の一団から、長門がこちらへ徐に近づいてきた。
「よう。お前と俺で、その日野正治とか言うのを説得しろだとさ」
「涼宮ハルヒから説明された」
「まず探すのが大変そうだぞ」
「そうでもない」
難しいって言ってくれた方が安心するんだが。
やれやれ、とんだ事件に巻き込まれたもんだよ。人の恋愛にここまでおせっかいする必要あるのかと疑念を抱いたりする訳だが、まあここまで来たら、最後まで見届けてやろうじゃないか。