翌日。言われた通り、2時過ぎに日野家の呼び鈴を鳴らす。
「やあ、いらっしゃい」
 昨日と同じ部屋に招かれると、既にお茶と茶菓子まで用意されていた。
 すみません、なんかいろいろしてもらってしまって。
「いえいえ、気にしなくてもいいですよ。どうせ、今は誰も居ませんし」
 座布団に座って、まずお茶を頂く。朝比奈さんが淹れたお茶はもちろんおいしいが、ここのお茶は、ものが違うというか、味が全然違う。
 一口お茶を飲み、一息ついたところで本題に移る。
「写真が見つからなかったので、昨日デジタルカメラで撮ってきました。これを見てください」
 同じ歳のはずなんだが、相手が随分年上に見え、敬語になりがちだ。歳の割に、落ち着いているからだろうな。
 デジカメを取り出して、ハルヒが撮った深山さんの中で、一番見やすく映っている画面を出してから、日野さんに差し出す。
 液晶画面を覗いた日野さん。
「え……?」
 一瞬の静止。
「……ああ、知らない人、ですね」
 油を差し忘れたまま数年間放置した後に、無理やり動かした古いロボットのように、ぎこちない身振りでそう言った。
 何か、やばいものでも映っていたんだろうか。ほら、ハルヒが撮っただけに、幽霊とか、な。
「ああ、そういうわけじゃなくて。一瞬、知り合いに非常に似ていたので、もしやと思ったんですが、人違いだったみたいです」
 そういうことでしたか。
「それにしても……ここは病院、ですか?」
「あ、ええ、まあ。事故で入院して、今リハビリ中で」
「事故……ですか」
 画面を見つめたまま呟く。知らない人と言えども、いい人そうな外見そのままで、可愛そうだとか思っているのかもしれない。
「あの、他の画面も見て良いですか?」
「ええ、構いませんよ」
 入っていても、SON組で撮った写真だろうし、朝比奈さんのきわどいアングルの写真は、ハルヒが一度パソコンに保存していたのを確認しているから、入っていないはずだ。
 無言のまま、画面を切り替えていく日野さんの目は、なんとなくだが、歳をとってから開いたアルバムを見るような、懐かしむ目をしていた気がする。
 しばらくしてデジカメを返された。
「やっぱり、知らない人みたいですね。非常に知り合いに似ていて、ちょっとだけ、興奮してしまいましたが」
 そこまで良く見ないと気づかないくらい、似ていたんだろうか。
 気になるところだが、ほとんど他人と言っていい間柄で、そこまではさすがに聞くのは躊躇われるし、何にせよ深山さんを覚えていなければ、これ以上話は進展しない。もし、深山さんがこの状態で、「お友達から」とか言っても、知らない相手と付き合うような物好きはそうそう居ないだろうから、「ごめんなさい」と定石通りの答えが返ってくることは必至だろう。
 昨日同様、茶菓子を全部平らげ、「俺のも食うか?」という問いに首肯してからまもなく、それすらも全部平らげた長門を引き連れて、「じゃあ、おじゃましました」と日野家を後にする。
「よければ、また来てくださいね。特に用が無くても歓迎しますから」
 用が無かったら、さすがに人の家に上がりこむのはどうかと思いますよ。
「あはは。まあ、あまり刺激がない家ですから、来客が一番の刺激なんですよ」
 まあ、そういうことなら。一礼して、帰ろうとしたとき、不意に思い出したことを聞いてみる。
 こんなことを聞くのはどうかと、一瞬は躊躇ったが。
「日野さんは、ここから離れた場所の高校に進学した、と聞いてたんですが」
「ああ、そうだったんですが。親が、こっちにある学校の方が、いい大学に行ける、なんて言い出して、急遽受験校を変えたんです」
 そんな急に変えても合格するとは、さすがと言うべきか。
「受ける科目は同じでしたから、そんなに大変じゃなかったんですよ」
 すぐに声量を落として、
「本当は、行きたい学校は別にあったんですが……」
 と、言ってから「今のはヒミツにしておいてください」と笑った。
 自分でいろいろとある、って言っているだけあって、いろいろ大変なんだろう。思っているほど、エリート家系とやらも楽じゃないんだな。
 頭を下げ、深山さん達が待つ病室へ。正直、残念な報告になるわけだが。
「覚えていないなら、仕方がないよな」
 独り言ちてみる。ここまでやって、結局やったのはお茶と茶菓子をごちそうになっただけ。正直、肩身の狭い思いしかしない。いや、マジで。俺達、何しに行ったんだろうな。
 しかし、そんな問いに長門は縦に首を往復させることはなかった。
「日野正治は、深山静香を知っている」
 ……なんだって?
「日野さんは知らないって言っただろう」
「その後の心拍数、呼吸、その他複数の要因から、日野正治は嘘を吐いている」
 なんだか、嘘発見器みたいな感じだな。えーっと、正式名称は精神電流反射計だっけ。って、そんなのどうでもいいか。
 いや、最初は知り合いに似ていたから、とか言ってたじゃないか。それで、思わず驚いたとかだな、
「デジタルカメラを覗いている間、その状態が持続していた」
 横でお茶を飲み、茶菓子を食べているだけではなかったんだな。完全に興味を失っているもんだと思っていたぞ。
「じゃあ、なんで知らないなんて言ったんだ?」
 やっぱり、どうしても会いたくない人だったのか、それとも別の理由か。
「それ以上は理解できない」
 そうか。しかし、どうするんだ。日野さんは知らない、と言い切ったんだから、またお邪魔して「実は知っているんだろ?」と発破かけるのもどうかと思う。つーか、恩を仇で返してるようにしか思えないな、これは。
「直接聞く」
 いや、だからだな、
「今日の夜、またあの家の門の前で」
 じっと見つめてくる長門の目は、今まで以上に真剣、に見えた。
 ……分かったよ。長門、お前を信じる。