「もういいですよ」
長門と2人、夜の日野家訪問後、深山さんの病室で報告を終える。デジカメを見せてからも一度報告に戻ったが、「明日また行くから、細かい話は待ってくれ」と言っておいたため、一昨日のことも含めての報告である。
芳しくないが、完全に望みが絶たれていない。そんな状態で、深山さんがそんなことを言った。
「もういい……って諦めるってこと?」
深山さんのネガティブ発言に、ハルヒが返す。その目は、贔屓目に見たって良い感情を持っていない。
「はい」
あっさりと頷いた。
「彼は彼なりの道を進んでいるんです。だったら、それを応援してあげるのが一番じゃないですか」
笑顔で言う深山さんは、見る限りでは、走るのが好きでたまらないランナーが、フルマラソンを走り終わったみたいに、満足そうな笑顔に見えた。
「それに……」
ゆっくりと、両足を床につけて立つ。雛鳥が初めて飛び立つような危うさを持ちながら、数秒間立ってすぐにベッドに座り込んだ。
大丈夫か?
「はい。松葉杖が無くても、掴まったままなら大分歩けるようになったんです。まだ、1人で長時間立つのは難しいですけど」
照れ笑いを見せた深山さんは、また布団の中に戻った。そして、
「皆さんにいろいろ手伝ってもらって、ここまで出来るようになっただけでも十分です。ありがとうございました」
そう笑って頭を下げてから、窓の外、中空を見るようにして、それ以上他人と視線を合わせない。
ハルヒはしばらく、深山さんの綺麗な黒髪を見つめるようにしていたが、深く溜息を吐いてから病室を出て行った。それが合図のように、組員は次々に部屋を出て行く。
最終的に残されたのは、深山さんと長門、俺の3人。そんな中で、長門は言った。
「後悔する」
日野さんに言った言葉と全く同じ6文字、漢字にすれば4文字は、どれだけ2人にプレッシャーを掛けているか、俺には計り知れない。
が、長門が気の利いた言葉を発するよりは、こういう冷徹にも聞こえる単純な言葉の方が長門らしかったし、ここでフォローする言葉は、少なくとも俺には思いつかない。確かに、このままだと「後悔する」だろうからな。
「……また来ます」
長門が出て行った後、俺はそうとだけ言って病室のドアを閉めた。
ドア越しに、小さい嗚咽が聞こえてきた気がした。
嫌でも時間というのは流れる。
いつの間にか学校が始まり、暗澹とした気持ちが時間と共に漸増せざるを得なかったが、それはどうも俺だけではなかったようだ。
SON組の集会はハルヒ議長の機嫌で発起される。それ自体に変化はない。
しかし、いつもならば毎日のように「明日も集合するように」なんて言いながら、笑いダケの重度患者みたいに嫌な笑顔を振りまいてSON組の集合を発案するわけだが、最近のハルヒ議長は連続休暇が増えてきた。現在5連休中。
と言っても、いつハルヒが思い改めて、「集合しなさい」とか言い出すかもしれないため、俺達はその5連休中も休まず営業していた。コンビニエンスストア並の勤労は、褒められていいと思う。
こんな沈鬱な日もすぐに終わるだろう、ハルヒのどん底テンションなんかすぐに戻るだろうと、だろうだろう言いながら、今日もハルヒは来なかった。明日で6連休か。最高記録更新中じゃないか?
いや、そうでもなかったかな。しかし、ここまで連続欠勤することが珍しいのは確かである。
ちなみに、ハルヒは学校へ来ていないわけではない。俺の後ろの席で一触即発の空気を醸し出し、ショートカットの髪と、黄色のリボンを少しずつ春めく風に靡かせていた。
授業を聞いているのか聞いていないのかは定かではない様子ではあったが、少なくともその前の席に座っていた俺は、安寧を得られないのは確かだった。
古泉や朝比奈さん、鶴屋さんは、ハルヒと違って、普段は元気に振舞っているようだったが、陰鬱な影を落としていることを隠しきれない。朝倉、長門、実希のTFEIメンバーは、人間ほどの表情の変化はなかったが、朝倉は授業での受け答えで、慌てて教科書を捲るような時も見られたし、長門姉妹は本のめくるスピードが目に見えて落ちている。
なんだかんだで、全員が全員、バイオグラフですべての値が最低値を記録したような惨憺たる状況で、クラスメイトから心配される。今みたいに。
「おい、キョン。最近大丈夫なのか?」
谷口である。
「何がだ」
「お前も朝倉も、あの涼宮ハルヒさえもなんだか元気がないようだしな。この辺の人間と言えば、全員涼宮ファミリーの手下だろ?」
ファミリーなのか、手下なのか、はっきりして欲しいものだが。
「まあ、そんなことはどうでもいい。なんかあったのか?」
「大したことじゃない。一過性の病原病が、今まさにSON組で蔓延しているだけだ」
心にもないことを言ってみる。
「そりゃ困ったもんだな。移すなよ」
と。ああ、分かってるさ。
予鈴が鳴った。
「なんだかんだで、涼宮が暴れてないとなんか調子狂うんだよな。遠巻きに見ているだけだが、ほら、なんとなく分かるだろ」
朝食でご飯が出てくると思ったのに、パンが出てきたみたいな気分だな、と付け加えた。
正直、分かるような分からないような、そんな微妙な表現だ。
「ま、がんばってくれ。どうせ、お前くらいしかどうにかできるやつが居ないんだろ」
去り際、俺の肩を叩いて言った。
無責任に言ってくれる。が、どうやら心配掛けているのも本当なようで、だんだん心地よくなっていく風とは逆に、気持ちは泥砂に足を突っ込んでいるかのように、ずぶずぶと沈んでいった。