とにもかくにも風邪を引いて復帰してからは久しぶりの電話だ。部活では毎回会ってるけどさ。
「…………」
 通じたと思ったら、向こうは無言。通話ボタンを押した瞬間に喋れなくなった、なんていう展開はさすがに考えにくい。
「朝倉か?」
「違う」
 即答。
「長門だったか」
 最近は家の電話でもそうだが、連絡してきた人間の名前が登録されているから俺やハルヒなどSON組関係の人間からの電話の場合、家に居るときは朝倉の携帯は手近な奴が出ることになっているらしい。だからこうやって長門が出ることも珍しくないのだが、ここのところ携帯で連絡を取ることがまず少なかったから忘れかけていた。
「丁度良かった。少し頼みごとがあるんだが」
「何?」
「うちの妹がお前の知恵を借りたいらしい」
「?」
 今の疑問符は電話を通してだから俺の勘だが、少し間が空いたのでおそらくそれは当たりだろう。
「学校の宿題で話を書かなきゃいけなくなったらしいんだが、物語を書くなんてのは俺の専門外でな」
 つーか最初から専門な分野など無いわけだが。
「読書量は俺なんかよりも遥かに多いだろうから、意見が参考になりそうだというのと、ネタも豊富に持っていそうだから電話した。文芸部に所属もしているしな。頼めるか?」
「…………」
「頼れるのはお前と実希くらいなんだ」
 3秒。俺の脳内カウント速度があってれば、ストップウォッチで計ったような3秒だったと思う。
「……来て。話はそれから」
「ああ、恩に着る」
 せめて非常時以外は頼りたくないのだが、俺のいい加減なヒントで妹が晒し者になることだけは避けたい。
 とかいうことすらもいつも言ってる気がする。せっかくこの前にちょろっと利息を返したというのに、雪だるま式に増える消費者金融がごとく長門にまた借りを作ってしまう自分に呆れ返るものの、やはり頼れるべきは長門有希だなと格言めいたことを考えながら、俺は隣で了解を貰ったことを聞いて万歳三唱している妹と共に出掛ける準備を始めた。

「……入って」
 扉を開けたのは長門だった。普段ならチャイムを鳴らしたら、1番アクティブな朝倉がクラスメイト用笑顔を貼り付けて扉を開けてくれるのを待つものだったが、通されたリビングを見る限り、どうやら留守のようだった。留守なのに携帯を置いていったら携帯の意味が無い気がするんだが。
「おじゃましまーす。わー、なんかすごいことになってるー」
 俺よりも1歩後に入った妹は部屋の中を覗くや否や、「すごーい」を連発しつつ部屋の中をどたどたと走り回る。
 あれ、そういやうちの妹は朝倉がこっちに越してから、まだ来てなかったっけ。確かに長門だけ、そして長門と実希しか住んでいなかった頃の、あの引越しをしてきて数日しか経っていないんじゃないかと勘繰りそうな部屋から比べれば随分と生活感が出たし、女子らしいという印象が出る部屋に変わってはいる。
 だが今日は同学年の女子の部屋に突撃リポートするのが目的ではない。
 凄いを連発して落ち着きの無い妹をどうにかして引っつかみ、無理やり本題へ戻す。
「すまないが、こいつに文章というものを教えてやってくれ。確か文芸部でも物語みたいなのは書いてたんだろ?」
「でもあなたの妹の言語または知識レベルでは十分に理解することは難しい」
「んー? 難しいの?」
 さりげなく酷いことを言われていたのだが、妹は良く聞いていなかったようで、長門が淹れたお茶をあちあち言いながら飲んでいる。本当のことだから仕方が無いのは仕方が無いんだが、長門たち有機アンドロイドはオブラートに包むとか婉曲表現するとかいうことを知らず、メンタル面で物凄く弱い人間なんかが居た場合、一瞬でノックアウトしそうなことを真顔で言い放ってくれるのでいろいろと油断ができない。
「それでどんな感じの話が書きたいのかは全く決めてないんだよな?」
「うん。全然分からないから。有希ちゃんはどんな話がいいと思う?」
「分からない」
 そりゃそうだよな。
 というか何でもいいから話を考えてくれ、作ってくれと言ったらそれは長門の宿題になってしまう。せめて自分でどんな話を書きたいかくらいは考えるべきだ。
「煎餅を頬張るのはいいから真面目に考えてくれ」
「んふぇ? 可愛い動物のお話がいいー」
「大雑把だな」
 せめてシナリオに関わるような、もっと根幹的な話をしてもらいたい。例えば狐が寒いから手袋を買いに行く話だとか、いたずら狐がたまにいいことをしたら殺されてしまった話とか……ってこっちはあまりに衝撃的すぎるか。
 とにかくもうちょっと、明確な道筋を立てるべきだ。
「うーん、良く分からないけど、シャミみたいな猫のお話にしたいなあ」
「シャミセンか」
 あの、猫って鳴かない生き物だったかと思わず錯覚しそうな猫をメインに持ってこようとすると……なかなか厳しそうだな。
「長門はどうだ? それだけで何か話ができそうか?」