ぐずぐずとした天気が続き、我らが顧問、超顧問様の連続欠勤が1週間というキリを超えた頃、俺は独り、あの桜の木の下で寝転がっていた。
ここで、あの桜とはどこの桜か言わずもがなだろうとは思うが、長門的に言って「情報の齟齬」が無い様に、花見をして、ハルヒによって深山さんが書いたラブレターが発見された、その桜の木の下であると付け加えておこう。
ここにやってきた理由。それは、至極単純である。
SON組のテンションが深く打ち込みすぎた杭のように、さっぱり引き上げられる気配が無く、この様子だとさっぱり退廃した空気が変化することはなさそうだったので、早々に下校しようとして、なんとなく途中で寄り道をしたくなった。それ以上でも、それ以下でもない。
良化する兆しさえ見えないあの部屋は、朝比奈さんが淹れてくれたお茶も、一緒に付いてくる朝倉手製の和菓子も、古泉とやるカードゲームも、ダブルの長門がページをめくる音も、何か色褪せている。
あそこは、ハルヒが無茶言って、俺と朝比奈さんが巻き込まれ、古泉がニヤケ面を呈し、朝倉が口に手を当てて笑い、鶴屋さんが腹を抱えて、無口な読書家が部屋の飾りのようにページを送る部屋じゃなかったのか。そして、ハルヒの手によって連れてこられた、超能力者や宇宙人といった変人が、一緒に遊ぶだけじゃなかったのか。座談会をするんじゃなかったのか。
そんなことを考えながら、桜がどんよりとした雲の下、万有引力に引かれて、桜の花びらが地面に連れ去られていくのをただ眺めていた。ここで何を考えていても、あの部屋の陰険ゲージが1ミリメートルとて減るわけでもないんだが、ここ最近考えることがそのことばかりである。じきにやってくる実力テストのことでも心配した方が、自分の成績に得点が加算されるわけだが、どうもそんな気にはならない。
「あー……」
正直、不服である。
おそらく、他も同じことを考えているに違いない。こんな状態で終わっていいのか?
かといって、あの2人が「もういい」と言っているわけで、これ以上俺達が悩む必要はないはずだ。
そもそも、俺達がただおせっかいでやったことで、こうやって悩むこと自体おかしい。さっさと忘れるに限る。
「しかしなあ」
完全にどちらかの片思い、あるいは片方が既に冷めたならいい。それどころか、全く知らない人物だと言ってくれるなら良かった。
だが、今の状況はどれにも当てはまらない。未だに、どちらも思いあっているのだ。
それもなんだ、踏み切れない理由が立場が違う、ということだ?
まるで、ロミオとジュリエットじゃないか。あれは身分が違うというより、敵対した家柄だったはずだが、そこを日本の家柄的立場に替え玉してやればそっくりだ。
なんつーか、精神的に、もにょもにょするという意味不明な表現が、やけにしっくり当てはまる気分だ。もうやめればいいのに、あと1回と言ってカジノで全財産失うような感じで、五里どころか、十里先も霧が晴れそうにない。
とか思っていると。
地面を濡らす嫌な音がし始めた。しまったな、傘持ってきてないぞ。
幸い、桜の木が大きいため、幹に背を預けて座っておけば、ほとんど濡れる心配はない。それでも、暗澹とした気持ちを脳内だけから全身まで広げるのには十分すぎた。
これが夕立であることを願いながら、もう一度物思いにふけるかと思ったときである。
「なんだ、あんたも居たの」
欠勤記録更新街道驀進中の超顧問様が、傘を差してやってきた。手には折りたたみ傘を持っているが、まさかな。
「なんだ、お前も来たのか」
「何よ。あたしが来ちゃ悪いわけ?」
「そうは言ってない」
人1人分くらい離れて、隣に座った。
「有希が、ここにキョンも居るはずだから、行くならこれを持っていってって。なんであたしがここに来ること知ってたのかしら。まあ、何にせよ、有希とあたしに感謝しなさい」
手に持っていた傘をちょいとあげて示す。どうやら予想に反していなかったらしい。
「ああ、ありがとうな」
しかし、長門にここへ来ると言った覚えはない。あいつ、なんでここに居るって分かったんだろうな。
ハルヒの方が先に教室を出ているはずだし、たまたま出会って、ハルヒに傘を渡すよう頼んだとか。
だったら、本人が持ってきても良さそうだが。何か手放せない仕事があったのか。
そんな俺の思考とは別個に、ハルヒがさっきまで俺が悩んでいた話題を振ってきた。
「ねえ、このままでいいと思う?」
「SON組か、それともあの2人か」
「どっちも、かな」
「そうか」
逡巡した俺より、先にハルヒは口を開く。
「あたしは絶対嫌。他人の恋路がどうとかそういうのはどうでもいいけど、なんかしっくり来ないのだけは勘弁よ」
どうでもいいとはまた酷い言い様だが。
「だけど、2人共がもういいって言ってると、いくらあたしだって、人の立場を考えてるし」
そうか?
「そうよ! ……ともかく、無理にくっつける訳にはいかないでしょ」
確かに、それは常識的に考えて最良選択肢だ。
「だから、どうにもできなくて」
ハルヒが桜の木を見上げるのにつられて、俺も頭上の桃色に目をやる。
「あーあ。こんなことなら、あんな手紙見つけなければ良かった」
今更すぎる。だったら、今度からもうちょっと後先考えて行動するんだな。
「イライラするわ」
奇遇だな、俺もだ。
「キョン、殴らせなさい」
何で俺が殴られなきゃならんのか、400字詰め原稿用紙1行分で答えろ。
「あたしがイライラするからよ」
随分と自分勝手だな。
「顧問命令よ」
体罰だ、体罰。
「あたしに関しては、常に治外法権が発動するのよ」
意味の分からんことを言うな。
「……はあ、なんか疲れちゃった」
お前のお陰でな。
「やっぱり、このままじゃだめよね。うん、決めた!」
何をだ。というか、今の会話で何かを決定付けるような単語があったように思えないんだが。
「絶対あの2人を会わせるわ。何があっても」
そう言ったハルヒは、傘の花を開かせて走っていった。まあ、あいつがいつものテンションに戻った方が、全員の士気も上がるよな。
まあ、なんかよく分からんが、ハルヒがやる気になったらしい。それは素直に喜ぶべきことだろう。
これでやっとSON組本来の明るさが……って、俺に傘渡せよ!