「ここが逃げてきた人たちの町、ですか……」
マリンシティから逃げてきた人たちが作った集落を見渡して呟く朝比奈さん。「町の人、疲れて見えます」
「港がある方も行きます?」
「いえ……今のあたしたちじゃ何もできないですから、先に行きましょう」
去り際、小さな声で「また帰ってきますから、待っててください」と小さく朝比奈さんが呟いたのが聞こえた。
マリンシティよりも更に東に進むと、確かにそこで誰かが生活しているだろうと分かる、ねずみ色の大きな囲いが見えてきた。外敵から身を守っているんだろうが、他の町にはこれほど頑丈な壁は無いな。
近づいてくるとようやく、その意図が分かった。ここは単なる町ではなく、ねずみ色の壁の城が見えるから、あそこは城下町ってことになるんだな。
「凄く大きいですねえ」
町の入り口に立った朝比奈さんは、ぽかんと口を開けた口を手で隠し、町を見渡す。ターミナルを初めて見つけた町よりも広く、建物の高さも結構高い。
と思ったら長門がふらふらと歩き出した。
「長門、どうした?」
「魔法書を」
……なるほど。長門らしいといえば、そうだな。
夏祭りで待ちきれず、屋台巡りを始めた子供を後ろからついていくような感じで俺と朝比奈さんは長門の後をゆっくりと歩いていく。
「さっき2人だけで行った町でも、長門さんが突然歩き出してびっくりしてたら、魔法書が売っている場所へ入っていきました。びっくりしたんですよぅ。始まりの村と同じくらいに小さい村だったので、品揃えも始まりの村と同じくらいだったのと、お金も全然持っていなかったので、結局買わなかったんですが」
「なるほど」
しかしこの状況はよく考えると、奇妙な世界に居ることを除けば、かなりおいしい状況ではないか?
とかなんとか考える暇が無いのがこの世界の常。いや、別にこの世界だけでもないか。
「くぉら、待て!」
八百屋のオッサンみたいなダミ声で、丁度俺の目の前を走り去ったがたいの良い中年男性は周囲に意識をやることもなく、ただ空を見上げて走っていた。倣って空を見上げてみるが、相変わらず太陽が無い青空が広がっているだけで何も見当たらない。何を見ているんだ?
「屋根」
突然に。そんな声が隣から聞こえてきた。前後不覚な喋り方をするのはハルヒ以外に限定すると長門くらいしか居ない。
「屋根?」
見てみるが誰も居ない。
「もう行った」
「もしかして何か盗んで屋根伝いに逃げたんでしょうか」
「多分、そんなところだと思いますよ」
しかし魚を持って逃げた野良猫を追いかける魚屋みたいなオッサンを見ると、なんともファンタジックな感覚になるのだが、実際ファンタジーな世界に入っているんだから別にこの認識は間違ってないんだよな。ファンタジーの方向性がちょっと違う気がするが。
魔法書を売っている場所を探しに行こうとしていた長門はさっきオッサンが走っていった方へ歩を進めた。
「今度は何処へ行くんだ?」
ようやく魔法書が売っているところを見つけて、中に入れるというのに。
「探しに行く」
「何をだ?」
「さっきの屋根を飛び移っていた盗賊」
「何で探しに行かなきゃいけないんだ?」
疑問文ばかりだが、分からないことは分からないと言うしかない。別にその盗賊なんて無関係だろうに。
「朝倉涼子だった」
「……そのシーフがか?」
「そう」
前にナイフ使いということから朝倉はシーフかもな、とか言ってたのが本当にそうなっちまったってことか。
それなら確かに追いかけない訳にはいかない。新しい仲間が欲しいところだったし、最終的には全員が集合しなければならないはずだ。
「行くか、それじゃ」
俺たち3人は朝倉らしきシーフが行った方向を目指して小走りになる。
とは言っても方角以外は何処に行ったか分からない。通り道に居る奴らに話し掛けても、見事に無関係なことを繰り返すのみ。
「どうすればいいんだ?」
「おそらく向こう」
町の外を指差してから迷い無く進んでいく長門に俺と朝比奈さんは顔を見合わせ、慌ててついていく。
西にある門を出て、更にしばらく歩くと森があり、その中へ長門が入っていくとモンスターと出会う前に木造の小屋があった。
「まさかこの中か?」
「そう」
如何にもシーフの隠れ家的な存在だが、こういうのは入ると突然襲われるとかいうパターンの可能性もある。いくら朝倉が居るとはいえ、その他が必ずしも友好的とは限らないんだよな。
「こ、怖いです」
まずは名前でも呼んでみるのが得策だろうな。
「朝倉! 俺だ!」