そのまま外へ追い出されると思ったら、先導されて連れてこられたのは、畳敷きの、前に2度来たことのある応接間。何が始まるんだろうか、正直不安しかない。
「座布団に」
なんつーか、長門と同様に、必要以上喋らない人間らしい。それがまた、容貌と相まって、畏怖を増長させている。
指定席に座ると、奥さんもやってくる。やっぱり、2人並ぶと夫婦というより、親子という方が近いよな、とか考えていると、
「正治のことだが」
トラクターのエンジン音みたいな重低音が聞こえた。大太鼓の、音というより衝撃波に近いのを思い出すような声だな。
「やつには、わしの後を継いでもらおうと思っている」
正直、はあ、そうですか、としか返せない。
しかし、もしそう返してしまうと「かぁぁぁぁつ!」とか叫ばれそうなので、やめておこう。この声でそんなことされた日には、1週間くらい聴覚を奪われそうだ。
何も言わずにいると、バスボイスが続けた。
「しかし、最近やつのやる気が見られん」
ぎらりと目が光る。
正直言おう。マジで帰りたい。なんつーか、針の筵の上でダンスしながら、拳銃突きつけられている感じと言えばいいか。とにかく、ここに居ると背中に冷や汗をかく。
「ここ、2週間ほどだ」
俺たちが初めて日野さんと出会ってから、ということか。
「お主らは何か知らないか?」
知っている、と答えるのは簡単だが、それはクレバーじゃない。
もし答えたら、胸倉掴まれて「何を知ってるんだ、答えろ!」とか言われることは間違いないだろう。ここは言葉を濁しておくべきだ。
長門も、あまり話をこじらせないやつだし、
「知っている」
はい、前言撤回。長門も割とこじらせ役だぜ。
普通なら怯えて当然な、殺人鬼並の視線をものともせず、長門は口を開こうとした。いや、正確には開いたが、俺が口を塞いだ。一瞬にして、嫌な予感が脳内を直撃したためだ。
長門を日野さん両親から強制的に背を向けさせ、2人作戦会議開始。
「長門、あれを言うつもりだったんじゃないか?」
「……?」
「日野さんが、深山さんと恋仲になりたがっているというか、好意を抱いているという話」
「そう」
「それはだめだ」
「何故?」
「まあ、なんだ。そういう話は、本人がすべきであって、周りの人間がするもんじゃないというか、」
「うぉっほん」
わざとらしい咳で、俺と長門は振り返る。心臓に悪いったらありゃしない目つきだ。隣で微笑んでいる母親と並んでいる様子は、さながら地上に天国と地獄が併設されてるような感じだ。
「して、その理由というのはなんだ?」
「えーと、まあ、なんといいますか……」
「他の人と、恋仲になっている。そういうことじゃありませんか?」
笑顔で答えたのは、天国の番人の方だった。
「なんと!」
地獄の門番の目が3段階くらい光度を増し、もうちょいで、りゅうこつ座のα星並だ。
「あー、いえ、その……」
どもるしかできない。あっさりと看破された最終防衛ライン跡にぽつんと取り残され、戻ってきたアメリカ兵にホールドアップされてる状態に近い。
どうする? ここは正直に「はい」と答えるべきか?
というか、笑顔を崩さずに俺達のほほえましく見守る日野母。なんで、分かったのか正直教えてもらいたい。もし、予知能力とか、そういう類ならば、俺にもご教授願いたいところだ。
そうしたら、ハルヒのような年中天災発生器から逃れる術を手に入れられるかもしれないからな。
「で、どういうことなのか、説明してもらおう」
……ああ、今はそんなこと言っている場合じゃなかった。
とりあえず、もう観念しよう。今の状況で、アドベンチャーゲームなら選択肢は「はい」のみ。
つまり、選択肢でありながら、選択肢ではない。強制イベント発動。だったらそんな選択肢作るなよ。
渋々と、深山さんの名前を伏せつつ、当たり障りのないところを話した。日野さんには想う人がいて、その人も日野さんを想っている、つまり両思いであるからして、どうにかならないでしょうか、という話である。
「ならん」
やっぱり駄目だよな。
「……と言おうかと思ったが、素直に言うたことから、考慮してやらんでもない」
胡坐をかいたまま、そう言った。
……あれ? これはどういうことか?
つまり、恋仲を許すと、そういうことでいいんだろうか。
「即時的に了承は出せぬ。先方との縁談もあるにはあるからな。まあ、しかし――」
にやりと、不敵というか、真珠湾攻撃に勝利し、圧倒的有利を確信した艦長みたいな顔というか、そんな笑顔を浮かべた。
「やつが、ただ親についてくるだけだったやつが、親に反逆しようというのだろう。そんなおもしろいことはなかろうて」
反逆て。それは言いすぎだろう。
「まあ、やつにその気があるなら奪って来い」
待て。
年上にも拘らず、思わずそう言ってしまいそうだった。
この人、割とおもしろい人なのかもしれない。長門もこっちを見て、そんな顔をしているような気がする。
「実は、わしもどっかの社長令嬢と縁談があったんだが、母さんと既にデキておってな、蹴ってやったわい!」
がっはっはと笑うこの人。ああ、実はそんなに悪い人じゃないんだ、人は見た目によらないな、とか思っていた。
どっかの、とか言っている辺り、いい加減そうな性格が窺える。
「ああ、そういえば……。許婚の人ってどんな人なんですかね?」
言ってから気づいた。言うに事欠いて、こんなこと聞いていいのか?
「見てみたいか? やつにもまだ見せたことがないんだがな」
といって、親父さんは立ち上がり、後ろにある棚から大きな厚紙みたいなものを取り出した。なんだろうな、あれ。
「お見合い写真ですわ」
母親の方が、半年前のコスモスが枯れないどころか、今咲き誇る時期のような笑顔で言う。
「これだ」
「これは……」
「どうだ?」
「いや、あの……」
「微妙だろう」
「……はい」
微妙というか、どっちかと言わずとも悪い方だ。長門も思わず硬直しているらしい。
「わしもそう思う」
というか、そんなこと言っていいのか。曲がりなりにも、社長令嬢じゃ……。
「社長令嬢がなんだ。好きな女1人決められんで、日野家の長男が務まるか」
割と柔軟思考である。
「何にせよ、だ。あいつ自身が決めたことなら構わん。自分で決めて、そこまでやったなら俺から話をつけてやろう。しかし、周りに後押しされなくては動けないなら……」
一等星並の明るさになってきた目を光らせて、
「即刻却下する。まあ、あいつの努力次第ってことだ」
「私からも、お願いします」
今度は2人に頭を下げられ、急いでこっちも頭を下げる。「いえ、こちらこそ……」
なんと言えばいい状況だろうか。結果オーライ?
とりあえず、俺の家の電話番号を日野さんの両親に教えておいた。これで、遅くとも明後日までにはしてもらうように頼んだ日野さんの返答を待つ形となる。
どーすっかな、ホント。ここ2,3日でいろいろありすぎだ。
帰り際、長門は随分とお茶請けをもらっていた。甚く日野さんの母親に気に入られたらしい。
それを歩きながら口に運んでいる。俺も片手いっぱいくらいもらったが、今は食欲がない。SON組メンバーに振り分ければいいだろう。ハルヒ辺りが喜んで食べそうだ。
それよりも考えること。
日野さんが思っているほど、父親も冷たい人じゃないらしい。自分の後を継いで欲しいからこそ、あそこまで厳しくするんだろう。
しかし、どちらも海外に行っちまって、深山さんに至っては、下手すると帰ってこないかもしれない。
日野さんも海外留学だとか言っていたが、何年間だとかいう話も全く聞かなかったし、いつ帰ってくるかは不明な訳だ。
「……2人とも、満足する終わり方ならいいな」
重ね着をあまりしなくても、寒さを感じなくなり始めた風に吹かれながら、俺と長門はハルヒ達がまだ会議中、かもしれない、SON組集合所へ向かった。