必死こいて、4ヶ月くらい時期を間違えた初詣の列みたいな長蛇の列に加わって坂を上りきると、2人の女子が待っている。
 ここで、「待ったか?」なんて言って、「ううん、さっき来たところだから」なんて返答が返ってきたら、これはもう、ありがちな美少女ゲームなんかのストーリーの1つと間違えてもおかしくはないだろう。
 そして、その美少女を左右にはべらせ、その上どちらともが腕を組んでくるなんて状況なら、おそらく嫉妬や憎悪の視線を刺さるように浴びるに違いない。
 まあ、そんなことを一度くらい夢見たことがある男児も居るかと思う。
「……待ったか?」
「遅いわよ。待ちくたびれた」
 なるほど、確かに視線は浴びている。2人とも黙っていれば、確かに美少女と言えなくはないし、そんな2人が左右を歩いているんだから、当然といえば当然だ。
 しかし、残念ながらその視線は、羨望にはほど遠く、好奇と畏怖が入り混じったようなものである。そんな視線を受けながらも、憮然とした態度を隠さない女子と、無感動に足音を殺して、これはわざわざというより先天的特質といった方がいいんだろうなあ、歩く女子。その間を肩身狭く歩く俺。
 どうがんばっても幸せそうな構図には見えない。
「で、どうだったの」
「今日もまだ来ねえよ」
「遅いわね。あと3日しかないっていうのに」
「そうだな」
「……心配」
「本当よね。全く、さっさと電話してきなさいよ」
 SON商社という会社に入社し、なんだこれは、こんな仕事やってられるかと逃げだそうにも逃げ出せない、四面底なし堀の状況に立たされた、平々凡々サラリーマン、つまり俺は、活発というよりは人語を解する猛禽類といった感じの会長、涼宮ハルヒと、雪女を小型化して着物を制服に着替えて本を持ち歩いている社長、長門有希に両脇をがっちり固められ、校舎へ入っていく。
 名前を知られているのもあるだろうが、何よりも不穏な空気を察知するのか、数メートルくらい直線状に人並みが分かれていく。モーセの奇跡、と言えば聞こえはいいが、どっちかといえば、水入れたペットボトルを避けている猫みたいなもんだ。
 なぜ、こんな状況になったか。事の顛末は、現在全員で悩み続けている懸案事項に関わることである。
 ハルヒと長門が待っていたのは、正治さんからの返答をいち早く確認するためである。それだけのために、わざわざ校門で待っているという、この無駄なエネルギーを、ぜひとも部活動や勉強に向けてもらいたい。お前たちなら、十分に実力を遺憾なく発揮する場所はいくらでもあるだろうからさ。
 それにしても、長門はクラスが違うからいいとして、ハルヒは教室で待ってればいいだろうが。
「嫌よ。一刻も早く連絡する義務があるんだから。さっさと来なさい」
 つーか、夜にでも電話来たら、お前の携帯に電話なりメールなりすると言っているのに、いちいち朝に来ることないだろうとは思うんだが。
 こんな調子で、不気味な空気を漂わせながら2人して校門の前に立っているものだから、生徒指導の教師が立つよりも存在感が圧倒的にある。
「イライラするわね……乗り込もうかしら」
「やめておけ」
 つーか、そんなことしたら、あの人間寄りのゴリラみたいなあの人が、家からお前をつまみ出して、今後日野家への立ち入りを禁止されそうだ。
 それに、何よりも。
「日野さんの好きにさせてやってくれ、と言われたからな」
 上履きに履き替えながら、人物名のところだけは声量を控えめにしてハルヒに言う。もし、日野さんの知り合いがいたらまずいしな。
「分かってるわよ」
 と言いつつも、遠足を明日に控えているのにも関わらず降り続く雨に鬱憤を晴らす場所を見つけられずにいる小学生のようなハルヒは、「行っていいぞ」と言われたら、授業をサボってでも飛び出していきそうな状況だ。
 まあ、俺としても、3日ほど日課になっているハルヒと長門の出迎え、というか仁王立ちで俺のみに対する検問、が早くも名物というか、嫌というほど目立つようになっているので、そろそろ終わって欲しいところではある。
 しかし、今はそれ以上に理由がある。
 今日、退院するのだ。深山さんが。

 深山さんの携帯の電話番号はハルヒが既に教えてもらっていたらしく、SON組の総会会議室でハルヒが深山さんに電話を掛けていた。
 本当は退院するところへ直接行きたいところだが、授業中であることと、家族が迎えに来るということだから、電話だけにしておこうという流れになった。
「ん? ああ、そうそう。そうらしいわね。……そう、そうなのよ。全く、はっきりしなさい! って言いたいところなんだけど、なかなかねー……」
 深山さんの話に相槌を打ちながら、向こうには見えていないオーバーリアクションで会話を続けているハルヒを眺めていると、マナーモードにしてあった携帯が鳴る。
 えっと、SON組のメンバーは怠惰感溢れる様子で、ここに全員顔をそろえているわけだし、ありうるとしたら谷口とか国木田だろう。
 そう思って携帯のディスプレイを見ると、待ちに待った期待の星で、予期が外れて期待を裏切らないという、なんとも変な結果になった。
 お茶をお盆で運んでくれている朝比奈さんに頼んで、ハルヒに合図してもらう。
 ハルヒは、「あー、ちょっと待って。かかってきたらしいから」と言いつつ、携帯を耳から離し、「どうする? 電話番号教えて、2人で話させた方がいいかしら?」と聞いてくる。こういうところだけ、変に気遣いがいいんだよな、こいつ。
 確かに2人で話した方が気兼ねなく会話できるだろう。
「正治さんですか?」
『ああ、キョン君だね』
 電話から聞こえるのは、ディスプレイに表示された名前と狂いなく、正治さんの声である。
 というか、日野さんや深山さんまでも完全にキョンで定着してしまったのか。
「えっと、丁度今ハルヒが深山さんと電話しているんですよ。それで、もし何かあれば、直接本人に話をした方がいいかと」
『あ、ああ……そうなんだけど、まあ、君から伝えておいてくれないか。明日の午後4時に――』
 その後の指定場所は、深山さんがラブレターを認(したた)めて埋めた、あの桜の木の下だった。
 日野さんには、ラブレターの話も、あの桜の木の話もしていないから、話の流れから気づくことはないはずだ。
 ただのきまぐれか、それとも、ハルヒや深山さんが望むような不思議な力だったのか?
『本当は直接伝えるものなんだろうけど、どうも恥ずかしくてね。場所は分かるかい? キョン君達が分からないなら、本人に聞いてみてくれないかな。本人も分からないなら、場所を変えるんだけど……』
「いえ、俺たち知ってます。というか、最近知りました。深山さんも知っているみたいですよ」
 時間と場所を朝比奈さんに伝え、ハルヒが電話で深山さんとコンタクト。ハルヒから「来れるらしいわよ」という合図をもらう。
『そうなのかい?』
「ええ。俺たちは花見をしたときに、たまたま」
『あそこは恋愛が成就するとかそういう類の噂があってね……』
 どうやら、尾ひれというより、本体が変わっている。まあ、大体は似たようなものか。
『そんなものに頼るのもどうかと思うんだけど、せっかくだからね』
「そうですね」
『じゃあ、よろしく』
 と言って、一方的に通話が切れた。ハルヒの方も同様だったらしく、
「電話番号を教えるから、って言ったら『ま、待ってください。大丈夫だと伝えてくれるだけで結構です!』って。あんな状態で会っても大丈夫なのかしらね……」
 さあな。後は2人の問題だろう。
「じゃあ、明日4時、あの桜の木がよく見える茂みに集合ね」
 ハルヒ、お前もしかして、隠れて覗き見するつもりじゃないだろうな。
「当たり前でしょ」
 何、胸張ってるんだ。
「そうね、おもしろそう」
「ここまで来たら、最後まで気になりますよねー」
「みんなで応援するっさ!」
 女性陣は乗り気である。いや、古泉も、
「そうですね。僕としても、特に異議はないですよ」
 と、髪をかきあげ、あっけなく陥落、流されることを決定した。
「キョン、あんたも行くでしょ」
 お前たちだけで行かせると、途中から趣旨が変わったりしそうで怖いからな。ストッパー役として、ついていくとするさ。