目が覚めたときに見えた木目の天井はもはや見慣れた、とは言えずとも宿屋らしい宿屋のもので、それが見えた瞬間に悟った。
「またこっちか」
長門たちが作ったゲームに限りなく似せられた仮想世界。その中の住人に、俺たちは再びなってしまったらしい。今日は何をしていたときだったかな。思い出したところで先に待ち受ける結果は変わらないから、早々にその無駄な作業を切り上げる。
何だかこちらへ来るまでの間隔が妙に短くなっている気がするのは、俺の気のせいだろうか。気のせいであってくれればいいんだが、もし短くなっているとしたら最終的には1日1回がノルマみたいなことになりかねない。それだけはぜひともやめて欲しいね。
もちろんこの非常識な世界で過ごす必要が無くなるように早く用事を済ませたいという気はあるから、こっちに来ることにやぶさかではないのだが、いかんせん向こうとこっちを行ったり来たりする回数が増えれば増えるほど非現実と現実の境目が曖昧になる気がするから心配なんだよな。今はまだ間隔が長いから世界が変わってから十分に心の切り替えができるが、もしこの間隔が短くなるとこっちで剣を振って非常識的な存在に振り下ろして生計を立てている俺が、春めきつつあるうららかな陽気に誘われて舟を漕ぎつつ授業を受けたつもりになっている俺になったままで生活することになりかねない。これはつまり、鎧も何も装備していない足軽が数千の軍に丸腰で近づくような状況を作り出しかねないということだ。
逆もまた然りで、元の世界に戻ったときに怪しい人物を見つけたときにそこらの長い棒を剣代わりにして構えるのを不思議だとか変なことだと思わないようになってしまう。それは正直に言って、実に危険だ。痛い子扱いで済めばいいが、場合によっては停学処分とかにもなりかねん。
不安を抱えながらも俺は宿屋の一室、ベッドに横になっていたところを起き上がる。
ここ数回の行き来で分かってきたことだが、どうやら宿屋内でノートに名前を書くとその宿屋内のベッドに再配置され、それ以外の場所でノートに名前を書くと名前を書いたその場から始まるらしいな。
「あ、キョン君おはようございます」
「おはようございます」
と、昼だけで朝も夜も存在しないこの世界で言っていいのかはよく分からないが、ほぼ同時に部屋の外へ出たらしい朝比奈さんと挨拶した。
「……」
そして数秒遅れで、相変わらず三点リーダ使いの長門有希は、これまたいつも通りの黒いローブを着て現れた。こいつは防具を変えてもこの漆黒の服装が気に入っているのか、上位版のローブでもこの色ばかりを選ぶ。もうちょっと派手なものでもいいんじゃないかと思うが、白にすると朝比奈さんの色が被るからと思っているんだろうか。後、一応黒魔法をメインで使用しているし、それっぽい服装の必要性を感じているのもあるのかもしれない。
「長門も元気か」
言葉では答えず、ただし頭を縦に振って意思表示だけはした。
「そりゃ良かった」
さて。
記憶が間違っていなければ確かここは砂漠の真ん中にあったオアシス的な町であり、その町で悪徳商人を追い出したところで終わったはずだ。
ハルヒは戻ってくるつもりはないようだし、ハルヒを除いた他の4人の内で3人はハルヒについて行ってしまったし、最後の1人である実希は小屋の住人としてその場を動くつもりは無いらしいから戦力として取り込むのは不可能のようだ。
となるとノンプレイヤーキャラ的な同行者が増えなければこれでフルメンバーってことになる。この先、3人だけで進めるんだろうか。正直不安だ。
職業は前衛1に攻撃魔法職1、回復魔法職1とバランスは取れているが、個人個人のスペックに差がありすぎる。いくら長門も何でもできるわけではないもんな。
ま、ここでずっと心配していても仕方が無い。このまま北に向かうって話だったと思う。宿屋で休息も取ったから魔法の使用回数も回復したはずだから、そろそろ先に進むか。
「んじゃ行くか」
「待って」
鎧の腰の部分に指を引っ掛け、控えめに俺の行動を阻止した長門に振り向く。
「どうした?」
「まだ休息は取っていない」
「……そうだったか?」
「そう」
俺が首を傾げると、朝比奈さんが長門に賛同して頷く。
「そういえばそうでしたね。休息を取る前に、先に元の世界に戻ってしまったような気がします」
言われてみればそんなこともあったような、無かったような。よく覚えてはいないが、実際に魔法を使う側の長門がそう言うのだから正しいんだろう。もし寝ていないのならば、再度砂漠を越えるのは絶対に不可能だ。
エンチャントだったか、あれを除いてもこの先、長門の力はメインになっていくだろうから魔法回数は是が非でも回復させておかなければならない。
「それじゃ、一旦泊まりましょうか」
「分かりました」