いつもと変わらぬ放課後。我がSON組の面々は、再び怠惰な生活を送り始めていた。
ここ最近は、日野さんと深山さんラブラブ大作戦という、途中から大幅に進路と名称を変更した、事件と言えるか懐疑なもののお陰で、突然首相の護衛を仰せつかったニートのように右往左往していたため、数週間ぶりの休暇にどっぷりと浸っていた。
故に、SON組としての表の仕事をしつつ、仕事がない時には各々好きなようにボードゲームや、大分前に古泉が持ってきたテレビゲームに興じている。
そういや、最近古泉がなつかしの3つボタンが2列並んだ、名前は知っているが、持っているのに驚くような、そんな本体を持ってきた。なんていうか、古泉のところの機関とやらは、そんな古い本体しか持ち合わせていないんだろうかね。それとも、そういうマニアの集まりなんだろうか。
まあ、それはどっちでもいい。1つ確かなのは、やっとそれぞれに時間が与えられたという事実である。
もっと青春らしい、何らかの生産的なことに精を出せばいいと思うのだが、このまったりとして濃厚なけだるさが絶妙な精神状態を作り出し、まあつまり、冬の寒い日に暖かい布団から抜け出すのが難しいのと同じで、この空間の居心地の良さに動き出せずにいるわけだ。
それに、どうせこうやって人生を慌てず騒がずやろうとしていても、何かと厄介ごとを持ってきては尻を叩いて急かす騎手が我が組には居るのだ。今のうちに英気を養っておかなければ、ラストスパートもできないからな。いいんだ、これで。
そう言い訳しつつ、古泉が置いた黒い円を次々にひっくり返し、盤上の大半を白にしていると、長門がSON組ブログを更新し、コメントがあれば返信するというノルマを達成し、パソコンの電源を落とし始めた。これを合図に、それぞれ席を立った。
丁度俺たちの対局も決着がついたので、さっさと片付けに入る。といっても、大した片づけではないし、数分としない内に終了して、定位置に収納。
ハルヒが鍵をかけたのを確認して、連れ立って他愛無い世間話をしながら下駄箱へ向かう。靴を履き替えて、帰宅しようとすると、長門だけ1人、全く違う方面へ歩き始めた。
何処行くんだ、長門。
「……こっち」
一度振り向いて俺を確認すると、すぐにまた同じ方向へ足を出し、幽霊みたいに音も立てずに歩き始めた。来るな、というような拒絶の色は見られなかったし、何かありそうだ。ちょっと見に行ってみるか。
「いやあ、これは随分とでかいなー」
長門が足を止めたのは、1本の桜の木の前だった。さすがにあの恋を叶えるという桜ほどではなかったが、まだちらほらと薄ピンク色が残り、花見気分は楽しめそうだ。その隣には、まだ時期ではないが、金木犀や柿など、多様な種類の木が8本並べて植えられていた。
「……って、これ、俺らが植えた木、だよな?」
数ヶ月前、俺たちはSON組最初の仕事として、植樹をしたのを覚えているだろうか。あの時に植えたときは、正直家に住み着いて結構経つシャミを無理やり2足歩行させたときの身長より小さかったはずだ。それらが今、俺の身長を遥かに越え、頭頂部を見るには頭の傾斜を結構急にしなければいけないような大きさになっていた。
確かに木だって生き物だ、成長するに違いない。俺だってガキの頃、家の柱の前に立って、どれだけ身長が伸びたか、なんて印をつけたことがある。木も成長記録を書けば、そういう少しずつ成長する様子が窺えるだろう。
だが、この8本の木の成長スピードは異常だ。まだ植えてから数ヶ月しか経っていない苗が、今年の花咲く時期になれば、もう花も咲いて、実の収穫まで期待できそうなところまで成長するとは、誰が信じようか。
「なあ、長門。なんでこの木――」
そこまで言って、俺は持っていた鞄を思わず落っことしそうになった。長門が如雨露を手に持ちながら、何やら怪しげな魔法言語を呟いているように見えたからだ。いや、明らかに呟いていた。これか、原因は!
「長門、何をしているんだ」
「成長促進。涼宮ハルヒの所望」
いや、だからってだな、こんなに急激に成長したら不思議に思うだろうて。怪奇現象にしか見えんぞ。
「?」
分かっていなかった。
そういや、朝倉が「有機生命体の死の概念が分からない」とか言っていたから、もしかすると成長というものに関する概念がさっぱり分かっていなかったりするんだろうか。本来なら数年で成長するものが、数ヶ月で成長するのがおかしい、とかいう概念が。
いや、この場ではそんなことはどうでもいい。これ、どうするよ。
「長門、元に戻せないのか?」
「何故?」
「いや、何故と言ってもだな」
正直なところ、長門に言語で”何故数ヶ月で木が立派に育つのがおかしいか論”を理解しやすく話せる自信はない。
「とにかく、元の大きさに戻せないのか?」
「戻せない。成長促進は細胞分裂速度を本来の数倍から数十倍に高めるだけの方法」
つまり、どこぞの水色ロボットみたいに巨大化させるわけじゃないから、単に小さくするというわけにはいかないってことか。
「そう」
うーむ……。とりあえず、ハルヒに見つからないように、
「キョン、何してんの」
げ、ハルヒ。
「げ、ハルヒ、じゃないわよ。有希もどっか行くし、何してるのかと思えば……ってあれ?」
しまった、気づかれた。
「なっ……何、これ! もうこんなに大きくなってるじゃない!」
「いや、なんというか、これはだな――」
「有希がたまーに見えなくなったと思ったら、ちゃんと世話してたのね。さっすが、SON組組長だけあるわ!」
良かった、こいつがアホで。
「これなら、秋には収穫できそうよね! 楽しみだわ!」
とか言いながら、長門を連れて帰路を歩き出してしまった。長門はちらり、ちらりとこちらを振り返っている様子だったが、そのままされるがままに連れて行かれてしまった。
俺は左手に鞄、右手に如雨露を持って、
「……どこに片付ければいいんだ?」
途方に暮れるしかなかった。