制服の上にエプロン姿の朝倉マダムは確かに歳を取ったら本当にこうなりそうだという気はするが、そもそも宇宙人がそんな成長をするかどうかは怪しいところだ。自律進化がどうのこうのとか言ってたしな。
 だが待て、冷静になれ。
 自然のように見えなくもないような気がしたが、よく考えれば全てが自然ではない。絵に描いたような奥さんという感じの居立ち振る舞い。世の中に絶対居ないと言い切ることは出来ないが、少なくとも俺の人生の中で実際にそんな言動をする人を見たことは無い。
 実希を含め、とにかく今の長門・朝倉家玄関では言いようの無い不自然さが支配していた。
 1人の悩む男と、それを見て不思議そうな表情の少女が2人。
 そうだ。こういうときはいつもどうにかしてくれる奴がいるじゃないか。
 あいつに頼ってばかりではいけないと何度思ったことか。一時はいけないと思っても、非常識なときにどうにかしてくれるという圧倒的安心感を持っている魔法使いの格好が非常に似合う同級生。
 その力を借りるしかない。
「長門は中に居るのか?」
 長門の名前が出た瞬間に「やっぱり」とでも言いたげな笑顔の朝倉は口を開いた。
「もちろん中に居るけれど……やっぱり長門さんが気になります?」
「いいから、中に居るのか居ないのか」
「そんなに焦らなくても大丈夫。安心してくださいね。長門さんは逃げ出したりしませんよ。ちゃんと中で待ってます。ほら、どうぞ」
 中へ誘う朝倉。うんうんと力強く頷く実希。
 これ、本当に中に入っても大丈夫なんだろうか。入ったら一生外に出られないとかいう、取り返しのつかないことにならないだろうか。
 ええい、悩んでいても仕方が無い。
 素直に俺は朝倉と実希に誘われるまま部屋の中に足を踏み入れた。
 朝倉の言った通り、部屋の中には長門は居た。赤い髪の方ではなく、俺の良く知った長門有希がそこに居た。
「……」
 無言なところはいつも通り。
 だが何かおかしい。
 入ってすぐ、長門を見てすぐにとてつもない違和感を受けた。
 何かっていうか、姿と無言なところ以外全ておかしい。
 俺の知っている長門有希という人物、と言っていいのかは分からないが、とにもかくにも長門有希という存在は俺が知る限り、本が好きである。その好きっぷりはどれくらいかというと、世界が崩壊するかもしれないというハルヒの気まぐれが発動したときを除いて、いつでも本を開いているというレベルだ。そろそろ指と本と同化してもおかしくないってくらいだ。
 その長門有希が何事も無いのに本を開いていないということだけである意味で大問題だ。一大事だ。
 何故か。それは非常に簡単だ。今言ったように長門が本を持っていないときというのは、涼宮ハルヒによって世界が崩壊させられるその最悪のときだけであるという理由からである。
 つまり今、世界は崩壊に向かってひた走っているというわけだ。この長門有希が俺の知っている長門有希ならば。
 更にもう1つ奇妙な点がある。
 長門有希は人見知りなどすることはないし、俺の姿を襖の向こうから少しだけ開けてこっそり窺うことなんてまず無い。そもそもここは長門たちの家なのだから、本来なら様子を窺うのは俺の役目といえばそうだ。
 だというのに長門有希は隣の部屋からこっちを注意深く監視している。
「何してるんだ、長門」
 俺がそう声を掛けると、数センチしか開いていなかった襖はぴしゃりと閉じられた。
 ……何なんだ、これ。
「ごめんなさいね。ほら、長門さんってちょっぴり恥ずかしがり屋さんでしょう?」
 急須といつの間にか俺用の湯のみとなってしまった小さめのマグカップをお盆に載せてきた朝倉は微笑を振り撒きながら、台所から出てきた。
「あいつが恥ずかしがり屋に分類されるんなら世の中の恥ずかしがり屋はもう引き篭もりレベルだろ」
「そんなことありませんよ。長門さんはとっても恥ずかしがりだもの」
 話がどうも噛み合っていない。この元唯一の文芸部員だった長門有希は外部からの干渉があれば返事はするし、基本は観測ということながらもそれに関する話なら理解できないような単語を使いまくって立て板に水といった表現がしっくり来るように答えてくれる。
 そんな長門が恥ずかしがり屋だって? そんなことありえるもんか。
 ってことはやっぱりまた別の世界に飛ばされてきたのか?
 しばらく俺が頭を悩ませていると、唐突に口を覆って朝倉が笑い出し、それに倣って実希も快活さを隠さない笑い声を上げる。
「ごめんなさい。少しからかいすぎたかもしれませんね」
「は?」
 ひとしきり笑った朝倉は相変わらず口調がいつもと違う奇妙なままではあったものの、俺にネタばらしをする。