唐突に、実に唐突にコンピュータの前で座っていたハルヒが、駄々をこねるようにつまらないと連発するようになったのはある日の昼下がり。何の変哲もない日々が戻ってきてから数日のことだった。
「どうした」
 まあ、大方予想は付くのだが、ここは一応聞いておくべきだろう。華麗にスルーした後の結果が、惨憺たるものしか想像できないからな。
「あんたも分かってるでしょ。最近真面目なことばっかりやって、こう、血沸き肉踊るような不思議なことが起こらないのが不自然すぎるわ!」
 何でもかんでも、自分の思い通りにいかないとすぐこれである。よーく目を凝らせば、ハルヒの言うところの血沸き肉踊るようなできごとが、たまーに起こってたりするんだけどな。ほら、あの8本の木、突然成長現象とか。
 しかし、こいつの頭のリミッターが、「超常現象? そんなのあるわけないでしょ」と脳内エラーを起こしているために、一番不可思議なことを求めているやつが、自分のせいで怪奇現象から遠ざかっているというのは、ある意味では可哀想でもある。
 だが、まあこいつが超常現象に一度でも出会ってしまえば、「やっぱり宇宙人も未来人も超能力者も居るんだわ! 本当はタイムトラベルとかも超簡単にできて、相対性理論なんか最初から無かったのよ!」とか考え始め、俺たちが今まで心穏やかに過ごしてきた世界は、おろしたての白いTシャツにブラックのコーヒーをぶちまけるように、即『ハルヒが大好き超常現象』色に染色されること、相違ない。
「またチラシ配りに行くしかないかしら」
 びくん、と可哀想な位に反応した方が1人。いつもハルヒの暴走に引きずり込まれる可哀想なうさぎ、朝比奈みくるさんである。
「もう一度バニーガールかしら」
 次やったら、少なくとも活動停止、運が悪ければ停学処分辺りまで行くぞ。
「じゃあ、そうね……。あ、そうだわ、巫女だったらいいじゃない」
 何が「いいじゃない」なんだ。
「露出は少ないわ」
 そういう問題じゃない。
「それに形而上、巫女は神の使いなんでしょ。神の使いなら、教師もそう簡単にはどうこうできないわ」
 んな訳あるか。
 っつーか、神を信じる信じないは別として、その考え方からいけば、神様に喧嘩吹っかけてるようなもんだぞ。巫女の格好すれば何してもいい訳じゃないだろうが。
 正直なところ、ハルヒの割とスレンダーなくせに出るところ出てるようなメリハリボディと、朝比奈さんのみらくるな体つきからして、非常に巫女姿をこの目で見てみたい気がするのは正直なところである。
「あ、ちなみに今回はみくるちゃんじゃないから」
 何だって?
「有希と鶴屋さんに着てもらうわ。っていうか、もう用意してるし。ほら、いつもあたしとみくるちゃんじゃ芸が無いじゃない」
 芸の有る無しは全く意味を為さないと思うが。
「また今度の機会に、実希と朝倉さんにはコスプレしてもらうわよ」
 おい、ちょっと待て。そんな、もう着るという話で進めていいのか。そして、実行後にもスケジュールが組まれているのか。
 そりゃ、長門は言いつけ通り、巫女姿にあっさりとなるだろうし、鶴屋さんは「あたしが巫女? あっはっは、それはいいかもしれないねー!」とか既にやる気満々だし、朝比奈さん強制コスプレショーよりは問題はなさそうだ。というか、非常に見たい。見てみたい。
 しかし、である。着る服装が変わったとはいえ、仮装状態のまま校門前でチラシを配っているところを見つかれば、これからのSON組の活動に支障が出るとかいう程度の問題では済まなくなる。
「ハルヒ」
「何よ。あんただって見たいでしょ」
「それとこれは話が別だ。俺の携帯のアドレスを使うのはいいとしよう。既に一度ばら撒かれてるし、今更だからな。しかし、配るなら制服のままでやってくれ。そうじゃないと、SON組存続の危機だ」
「嫌よ」
 即答すること、風の如し。
「目立たないじゃない、そんなのじゃ。そこいらの部活動の中に埋もれるべき活動じゃないのよ、SON組は!」
 片足を椅子の上に乗せ、拳を握る。
「それとも何。キョン、あんたがここに居る誰もが驚くような話を見つけてきてくれるわけ?」
 さも当然のように俺に振る。その上、「もし、全然驚くようなことじゃなかったら、そのときは……」という言葉が体中から怪しげな空気がにじみ出ていた。こりゃ、「二宮金治郎の像が真夜中に西郷隆盛と天草四郎の像とリンボーダンスしていた」というくらいの謎では許してもらえそうに無い。
「……まあでも、確かにそれでSON組が続けられなくなったら問題よね」
 なんだ、物分りがいいな。
「パソコンとかでHPの更新とかできないし、不思議な情報が入ってくる場所は多いほうがいいに決まってるし」
 つまり、SON組が解散することが嫌、というわけではなく、せっかく強奪・押収してきた物品を返したりするのが嫌ということか。やれやれ、ハルヒらしいというかなんというか。
 それでも、結果論的には諦めてくれたらしい。
「有希、鶴屋さん。着替えるだけ着替えて。どうせ暇だし、写真撮って新しい映画の特典にするわ」
 ……そうだった。こいつはこういうやつだった。やると決めたら、どっか捻じ曲げてもやり遂げる。だから、力の入れどころを間違えすぎだと、何度言ったら分かるんだろうね。
 俺と古泉は部屋を追い出されると、部屋の中から声が聞こえ始めた。
 しかし、朝比奈さんみたいに抵抗する声が全く無く、「あっはっは、これ、着るの面倒くさいねー!」とか「あ、これってこうやって結ぶの? へー!」といった鶴屋さんの楽しそうな声と、「有希はあまり育ってないわね」とかいうハルヒの声、その他外野の2,3言くらいしか聞こえてこない。長門は黙りこくったまま、ハルヒの着せ替え人形になっているんだろうな。
 待つことしばし。中から声が掛かる。「入っていいわよ」
 中に入ると、そこには対照的な2人の完璧な巫女姿があった。
 表情と共に体も起伏が少ないが、最初からこれを着ていたかというくらいに似合っている長門の巫女姿と、真夏の太陽も裸足で逃げ出すような笑顔に、歳相応の女性らしいスタイルを併せ持った鶴屋さんの巫女姿。どちらも片方で見たって目を引くが、この両者のギャップがまた非常に絶妙だ。
 うむ、ハルヒのこういう見立ては感服せざるを得ない。だからこそ、この2人を外には出せないだろう。嫌というくらいに目立ちすぎるからな。
「うーん、2人とも完璧だわ。じゃあ、撮るわよ。ほら、キョン、レフ板持って。あ、みくるちゃん、せっかくメイド服着てるんだから、後で一緒に撮るのよ」
「え、え? わ、私はもう撮ったじゃないですかぁ」
「問題ないわ。いくら撮っても変わらないわよ! 変わるのはファンの数だけよ!」
 シャッターを無造作に押し捲るハルヒの姿に、どうにか今日も地球の平和を守った、という安堵から溜息が出る。なんといっても、こいつはいつも、一瞬で地球を破滅させることができる爆弾を背負ったまま生きているようなもんだからな。
 長門たちが言うには、いつの間にか、希望してもなれないと思っていた世界を守る救世主になっているらしい。願ったり叶ったりとは、まさにこのことを言うべきなのかもしれない。
 ただ、残念なことといえば、それが表立って言えないことと、相手が”神”らしき存在であること。それも、その神様はすぐにへそを曲げるようなやつで、いつもご機嫌取りをしなくてはいけないようなやつであること。全く、ヒーローは辛いぜ。
 世界の条理を簡単に覆すような”神様”に仕える巫女状態な長門の能面顔と鶴屋さんの100%スマイルを見ながら、
「まあ、そんな生活もいいか」
 それが意外と悪くないな、と遅咲きで今満開になった桜みたいな笑顔を見せているハルヒを見ながら、そう呟いた。