おそらく待たされた時間はせいぜい1分といったところだっただろうが、精神ギリギリでさっきの事件を切り抜けてようやく解放された俺には、1分が一瞬に感じる休憩だった。
 戻ってきたハルヒは、さっき言っていた通り、カマンベールチーズを持ってきていた。
「もうアイスは食べたし、これでやるわ」
「……何をだ」
「いちいちそんなこと言わせるんじゃないわよ」
 俺の隣に座ってハルヒが俺を見上げる。
「ほら、あーん」
「……」
「食べなさいよ」
 さっきまでの不機嫌そうな顔よりは幾分かマシな、それでも少しだけ批難する顔で俺を見るハルヒは、宇宙人だとかそういうものから掛け離れた歳相応の女子高生に見えた。今時の高校生男女が、春にはまだ遠い風の中、チーズを食べさせ合うことが歳相応なのかはさておき。
 いつまで経ってもその手を引っ込めてはくれそうに無いため、素直に差し出されたカマンベールチーズをかじり、咀嚼する。
「感想くらい言いなさいよね」
「こっぱずかしい」
「そっちの感想なんて聞いてないの。それにこういうものは恥ずかしがったら負けよ。やるならやるで堂々とやんなさい」
 お前はそれでいいかもしれないが、こっちは簡単に割り切れる訳がねえ。
「で、おいしいのかおいしくないのか言いなさいよ」
「美味いな」
 お世辞抜きに、そう思う。今まで食べていたものがチーズに似た何かに思えてしまうほどに美味かった。
「んじゃ今度はキョンの番だから。あ、言っとくけど後でこのチーズの代金は払ってもらうからね」
「お前が買ってきたんじゃないのかよ」
「さっきのチーズはなんか食べた感じしなかったから、もっと食べておいしいものが欲しかっただけ。っていうか口直しに欲しかったっていうのが正解ね」
 そんな気はしていたがな。ハルヒが自分の懐を痛めてまで俺にチーズを食べさせるとは思ってなかったさ。
 ま、それでもハルヒの機嫌が直っただけマシとしておくべきなんだろうな。最初のチーズ代は鶴屋さんが払ってくれてたし、いつもの喫茶店全額負担に比べりゃ安いもんだ。
「ふうん。でも朝倉さんの言ってた、あげる方が楽しいっていうのは確かかもしれないわね」
「……まさか朝倉の言ってたアレを実現したかっただけなのか」
「そうよ」
 あっさりと言い放ったハルヒは何年もタンスの裏に落ちてしまって取れなくなっていたイヤリングの片方が取れたみたいなすがすがしい顔をしていた。
「食べさせられる側は食べるだけだけど、食べさせる方は相手が恥ずかしがれば恥ずかしがるほどその顔を見て笑っていられるものね」
「なんだその楽しみ方」
「いいじゃない。ほら、次々」
 人通りが少ない場所ではあるものの、GWのこの時期ということと同時に割と大きめのベンチが2つ並んでいるということから休憩所としても十分に機能していることを考慮に入れると、当然通る人通る人が俺らに注目するわけだ。
 おそらくその中の何人か、割合も結構多いんじゃないかとは思うのだが、俺たちをカップルと勘違いするんだろうな。実に困ったことに。
「何溜息吐いてんのよ」
 そりゃ吐きたくもなるさ。見られる相手が知らない人間ばかりだからまだマシだが、これをもし谷口か国木田にでも見られたら人生の終わりだな。ハルヒが世界を崩壊させなくても、俺の中では完全に終わっちまう。
「まだチーズ残ってるわよ。さっさと口を開けなさい。ほら、あーん」
「……」
 もうここまで来たらヤケにもなる。
「あ、もちろんあたしにも食べさせなさいよ。せっかくのチーズなのに、あんただけ食べるのはずるいし」
「もう好きにしてくれ」
 自分で食べるときの3倍以上の時間を掛けてチーズを完食した俺はせっかくおいしいはずのチーズを食べたはずなのに途中から味なんてものが全く分からなくなってしまっていた。6切れしかないはずなのに、なんかこれだけでお腹が一杯になっちまったな。
「次は何にしようかしら」
「まだ食うのか」
「そりゃ当たり前でしょ。次は――」
 と言いかけて時計を見たハルヒは溜息を吐いた。