どうするんだ、これから。右を見ても、左を見ても宇宙遊泳中しているようでどうにも落ち着かない。
「とりあえずはあいつがまた出てくるまで待機だと思います」
いつ出てくるとか分かるのか?
「分かりません。30分前後のときもあれば、1時間以上のときもあります。出現地点も毎回違いますし」
まさに神出鬼没ということか。数日間学校に登校してこなかった理由も頷ける。
それにしても、ここでぼーっと待機というのも暇だな。こっちから攻める方法があればいいんだが。背後から突然襲ったりすれば勝てるかもしれないぞ。
「そんなに甘くないと思うけどな」
やっぱそうだよな。どちらにしても、ここを動かない方がいいことには変わりなさそうだ。
「そうでもない」
あのお札状の紙片を持った長門は立ち上がった。何をおっぱじめる気だ? ああ、もしかしてさっきの紙があいつの場所を示しているとか。
「そうではない。しかし、現在の憂慮すべき状況を打破することはできる」
長門は1つ頷くと、もう聞きなれた平坦な声のまま俺には聞き取れない速度で何事か喋った。この早口はまたでたらめな超常現象的能力を使おうとしているようだ。
長台詞が終わると、際限なく続いていた星の海が突如崩壊を始めた。天井から空間がひび割れては煌く砂塵がひらひらと舞い散り、それは足元に落ちる前には消滅する。何度もそれを繰り返して、急速にして確実に世界は崩壊していく。そして、10秒としない内に、月に降り立ったアームストロング船長のような視界一杯の星空は消え去り、突然閉鎖空間に引きずり込まれた場所から大して離れていない倉庫の入り口で立ち尽くしていた。
随分長い夢を見ていたような気がした。完全に日は落ちて、ところどころにある人工的な光と半分しか光っていない薄い月明かりだけが頼りの世界は、さっきの空間からさほど変わっていないように錯覚させる。
しかし、さっきのは夢ではないらしい。
「今の……強制的に閉鎖空間を崩壊させたのね」
俺の隣で朝倉が初めて見たと言わんばかりに呆然としている。そこらに置いてある船舶の運搬に使われたであろう鉄箱1つ分くらい離れて長門姉妹、そしてその数歩先にあの人形みたいな赤い長門の背が見えた。
今の閉鎖空間の崩壊がすごかったのか? 今までと大して変わらないような気がするんだが。
「さっきも言ったみたいにあの閉鎖空間はほぼ完璧だったの。普通にやったらどうあがいたってあそこから抜け出すのは無理よ」
ってことは、長門はその普通じゃないことをやってのけたと言うことか。朝倉はこくりと首を縦に振った。
「そういうことになるわ」
正直ピンと来ないが、そう言うからにはそうなんだろう。とりあえず、外に出られたことだけは確からしい。
背を向けていた紅毛碧眼の長門はゆっくりと振り向き、口を開いた。その声は容貌と全く同じで、すぐ目の前に居るもう1人の声だった。
「何故崩壊させた」
どうやら特有の喋り口調まで同じらしい。髪の毛を染めてカラーコンタクトでも入れれば、並んだらどっちが本物か見分けがつきそうにない
「私はあの場所に留まるべきではなかったから」
口調が同じだと、どっちが喋っているか分かりづらいな。もちろん今喋ったのはSON組最高幹部の方である。
「何が目的でこんなことをしたのですか」
暗がりの中、尋ねた実希の顔を見つめはするが、返答する気はないらしい。じっと押し黙っている。
「……」
「操り主は誰?」
朝倉の問いにも耳を貸さない。どうやら相手はこういう状況に陥ったとき、沈黙を保つように指示されているらしい。
「……分かった」
その様子を見てこれ以上会話の続行不能を悟ったからか、若苗色の髪の長門は灼熱の色の髪の自分に背を向けて歩き出した。そして、数歩進んだ後に立ち止まった。
「次は容赦しない」
「……そう」
うつろな碧眼は小さく頷いて、一瞬にして灰塵と化して消え去った。
今のはなんだ?
「情報連結を解除してこの場を離れたみたいですね。直接歩いたりしたらその場所を突き止められてしまうからだと思いますよ。普通は情報連結を自在に操ることなんかできませんけど、まあ――」
とりあえずでたらめなやつだったからな。それくらいできてもおかしくない、ってことか。実希は頷いた。
それにしても良かったのか? あいつ、何でここに来たのかも、何をしたかったのか、ってことも聞けずじまいだったぞ。
「構わない。また出会うことになる」
確かに、これで生涯のお別れにはなりそうにないのは確かだ。嫌でもまた顔を会わせることになるんだろうなぁ。
「それに――」
頭1つ分くらい違う長門は顔を上げて、俺の目を見る。
「あなたをこれ以上危険な目には合わせられない」
ああ、そうか。確かにあのまま戦闘が続いてたら死んでたかもしれないしな。助かったぞ。
「でもあなたもお手柄といえばお手柄よね。それが無かったらまだあの閉鎖空間に居なきゃいけなかったわけだし」
突き詰めて言うと長門のお陰だが。
「持ってきたのはあなただし、いいじゃない。とりあえず、あそこはできればもう入りたくないかも。綺麗ではあったけど、不自由すぎるし」
大いに同感だ。あんな障害物だらけのプラネタリウム館には二度と入りたくないものだ。
「障害物?」
先頭を歩いていた長門が止まって振り返る。ああ、障害物がたくさんあっただろ。目には見えなかったが、長門に会うまでに嫌気が差すほどぶつかったぞ。
「そんなものは確認されていない」
「え? 私も障害物の存在は確認したわ」
「私もですよ。お姉ちゃんのことだから、障害物が見えててずっと避けながら戦ってると思ってたんですけど」
「……」
どうやら、あの赤を彩った髪の長門は存在以外にも大きすぎる謎を残していってくれたらしい。何度も封印しようとして、未だに封印できる兆しがない感嘆詞が口をついて出た。
やれやれ。