朝起きて、大きなあくびをひとつ。親に頼まれポストから新聞紙を取り出す。
 と、目に入るイノシシの絵。ああ、谷口からの年賀状か。そういえば今年はイノシシ年だっけ。書かなきゃいけない書かなきゃいけないと思いながら、ずるずると書かずに終わったんだよな。
 まあ、別にいいよな。書かなかったら死ぬわけでもないし。
 そして、どうでもいいことをもうひとつ付け加えておこう。国木田のは1日に届いた。
 …正月から何日経ってるんだ、谷口。

「今日は年賀状を書くわよ」
 ここにもディレイなお人が居た。そういうのは正月前にやっておいて、正月に配ってもらうものだろう。今更書かなくてもいいだろうが。
「キョン、あんた今年ちゃんと年賀状書いた?」
 いや、書いてない。いちいち書くの面倒でな。親は書いたみたいだが。
「何言ってるのよ。正月と言ったら年賀状でしょ!」
 まあ風物詩と言えなくもないが、なかったらなかったでも別に構わんだろう。命取られるわけでもあるまいし。
「バカキョン!正月に年賀状を書かないなんて正月の醍醐味を23%は無駄にしてるわ!」
 その中途半端な数値はなんだ。計算方法を教えてくれ。
 ……もしかして、ハルヒは1枚も貰ってないから、こんなことを言っているのか?
「かもしれませんね。勝手に涼宮さんの住所を調べて送るのも気が引けてしまって、結局送るのをやめてしまったのですが…送っておけば良かったと、今更ながら後悔しますよ」
 こっそりと耳打ちしてくる古泉。
 まあ、別にいいだろう。突然送られるのも困るだろうしな。
「今からそれぞれこの紙に名前と住所を書きなさい」
 綺麗に定規で引かれた表に名前、住所を書く欄が作ってある。これに書けばいいんだな。
 全員書き終わるとハルヒはどこかへ、しばらくして手にさっきの表のコピーを持って帰ってくる。
「人数分コピーしてきたわ。それぞれこれを見ながら年賀状を書きなさい。あ、実希は有希と同じ住所だろうけど、別にちゃんと書いてあげなさいよ」
 とは言うものの。
 年賀状なんかいつもコンピュータで干支の画像をどこからともなくダウンロードし、貼り付けて新年を祝う件を書くくらいだったから、いざ書けと言われても非常に困るな。自慢じゃないが、絵はそんなに上手くないぞ。
「そんなこと気にしなくていいわ。とにかく何か書きなさい」
 イノシシってどんな格好してたっけな。牙があって、茶色の姿で…。
「ぼたん鍋っておいしいわよね」
 殺すな、食べるな。
「よっし、じゃあここに角をつけちゃうかなっ」
 世の中に存在しない生き物を作り出さないでください。
「あー、もうイノシシ書くの面倒ね。去年の犬でもいいわよね、同じ干支だし」
 良くない。
 というか、このメンバーで真面目に干支の年賀状を描こうと思っているのは何人居るんだろうか、というより存在するんだろうか。甚だ疑問だ。
 しばらく試行錯誤の後、イノシシっぽい、イノシシかもしれない、イノシシだといいな、という絵を7枚全部に描き、それぞれに書く言葉だけを少しずつ変えた。
「全員描き終わった?ならポストに投函しに行くわよ」
 何、これをそれぞれに渡すとかじゃないのか。
「ホント、バカじゃないの?そんなの年賀状らしくないじゃない。ちゃんとポストに投函して、家のポストに届くのがいいのよ」
 そこまでこだわるものなのか?
「まあまあ、いいじゃないですか。確かに年賀状を待つのも醍醐味の一つと言えますし」
「友達から来た何枚を競ったりとかねっ」
「よし、じゃあポスト行くわよ!」
 昨日降り積もった雪は本日の午後、燦々と輝いた太陽によってあらかた溶かされていたが、壁の影などを覗くとまだまだ山のようになっている。そんな道端の様子を見ながら、SON組一同は近くのポストへ行進中だ。
「そういえば、予報では今晩も降るらしいですね」
「じゃあ、明日も雪合戦よ!」
 さすがに勘弁してくれ。
 というか今思ったんだが、大晦日も正月三が日もその後もずーっとこのSON組団員と過ごし、田舎のジーさんバーさんたちに挨拶もしてないんだが。
「まあたまにはいいじゃない。そういう年もあるものよ」
 正直言おう。たまにというより、この組が続く限りこれから毎年いけなくなると思うぞ。
「さあ、みんな。ポストに投函するのよ!」
 スルーしやがった。
「なんかドキドキしますね」
 朝比奈さんが両手の指を絡ませて笑う。確かに、もう誰から来るとかが分かっているのに楽しみですね。
「そうよ、みくるちゃん!」
 ずびし、と朝比奈さんを指差すハルヒ。
「そのドキドキ感、それが年賀状の醍醐味なのよ!」
 いや、そこまで熱く語るほどではないと思うけどな。
 とりあえず、しばらくしたらうちに年賀状が届くんだろう。早ければ明日くらいか?
「そんなに遅くないわよ。私の勘では今日の夕方には届くはずね」
 その勘は間違いなくはずれだ。速達ではなく、普通郵便に入れたからな。

 しかし、さすがというかなんというか。裏で”機関”か何かが動いたか、はたまたハルヒの力か。
 夕方、SON組の活動終了後、帰宅した俺がポストを開くと、6枚の葉書きが入っていた。それも全部年賀葉書きで、表書きからSON組で出したものであることはすぐに分かった。ホントに今日の午後に届いちまったよ。
 ハルヒの年賀状は「今年も最後まで付き合いなさいよ!」と意外に綺麗な文字で書かれてあり、本当に犬の絵と、努力の跡は見られるイノシシの絵が描いてあった。正直、これ以上付き合いたくないんだがな。
 朝比奈さんの年賀状は綺麗な丸文字と、それと揃いの丸い可愛いイノシシが数匹描かれていて、新年を祝う件をイノシシから吹き出しを付けて書き込んである。さすが朝比奈さんらしい可愛い年賀状だ。
 鶴屋さんの年賀状は個性的で、「今年もめがっさよろしく!」と書かれてある下に、イノシシVer.2.3とでも名前を付けたほうがいいんじゃないか、変形を施してあるイノシシが描かれている。右下にキョン君仕様、って書いてあるのは愛嬌なんだろうか。
 古泉からのはシンプルで、細い文字と共に細い線のイノシシが描かれていた。まあ、野郎の年賀状を熱心に見る趣味もないので、これくらいで。
 朝倉からの年賀状には可愛いイノシシと、だから鍋を描くなと言っているだろうが。文章の外枠に、イノシシと鍋が交互に描かれている。そんなに食べたいのか、ぼたん鍋。
 実希からのは予想通り、イノシシが未確認生物になっていた。かろうじて色と体格、牙とかの付き方からイノシシと言えなくもない、というレベルで読みとれはするが、正直言われないと気づかないだろう。
 よし、全員分………全員分?
 SON組は実希を加え、最近8人になったはずだ。俺自身を除けば7人のはず。誰のが足りないんだ?
 そうか、長門のか。あいつ、どうしたんだろうな。確かにみんなと一緒に入れたはずだったと思うが。
「これ」
 ん?長門か。どうした?
「あなたのだけ住所を間違えて戻ってきていた。だから手渡しに来た」
 そういうことだったのか。
 裏を見ると、大きめなイノシシが2匹仲良く寄り添って寝ている。
「それだけだから」
 数歩進んでから立ち止まり、振り返った長門。そして、一礼。
「新年あけましておめでとうございます」
 あ、ああ、あけましておめでとう。今年もよろしくな。
 こくりと頷いて、長門は歩き出す。
 今考えてみると、あの長門が住所を間違えたというのが怪しい。ほとんどを完璧に計算してしまう長門が、たまたま俺のだけ、たまたま住所を間違えるだろうか。年賀状の書き方をまず知らないならみんなのが返ってくるはずだ。
 かといって、俺の住所だけが特別に複雑なわけでもないし、間違える要因はほとんど見当たらない。
 なあ、長門。本当はこうやって挨拶をしたかっただけなのか。
 だんだん小さくなる背中に問いかけた。