「水球やりましょ、水球」
 長門と鶴屋さんと3人で行われていた最速選手権を終えたハルヒは、俺が軽く数回プールを往復している間にやらプールサイドへ出ていたらしく、波間にゆれる倒木のように放置してあったボールを俺がベンチ辺りまで転がしておいたのに気づいて取りに行ったらしい。ベンチ傍でボールをこっちに示している。
「それはいいんだが、ルールとか知ってるのか?」
「さあ。ドッジボールみたいなことやればいいんでしょ」
 そうなのか? なんか違う気がするぞ。といっても、俺だって水球は名前くらいしか聞いたことが無いわけで、実際やったことがあるわけじゃないから詳しくはないんだが。
「水球はどちらかと言えばハンドボールに近いものですね。プールの両脇にゴールを立てて、そこに向かってボールを投げ込むスポーツです」
 古泉が得意げに頭から水を滴らせながら言う。
 だとさ。そもそもプールでドッジボールだったら、当てられる部分が顔面か肩くらいしかないだろう。そんな危険なもんがスポーツとして存在しそうにはないよな。
「つまらないわね」
 アヒル口にしてハルヒが言葉通り、つまらなさそうな顔をする。それが自分の予想がはずれたからなのか、ゴールに投げ込むより人に投げたかったのかは定かではないが。
「えや!」
 気を抜いてあらぬ方向を向いた瞬間に、俺の後頭部へ猛烈なスピードで衝突する物体があった。そいつがハルヒの投げたプール用のボールであり、そいつの照準が俺だということに気づいたのは風を切り裂くというか、押しのける時に聞こえる蚊だか蠅だかの音を3オクターブくらい下げたようなあの低周波が耳で捉えられたときであり、それに気づいたのとほぼ同時に着弾、俺は頭からティラノサウルスに踏み倒されたビルがごとくプールへ沈んだ。
 本来ならば、これくらいの球威では「何しやがる!」とハルヒを睨み返すくらいで良かったのだが、何せ今日は30度を軽くオーバーしているだろう気温であり、徐々に水温も上がり調子、その上で久しぶりに水泳で軽い全身疲労といろいろ条件が重なったお陰で、ハルヒからオーバースローで放たれたボールは脳天を直撃した後、直立する気力を奪っていきやがった。
 意識が遠のいていきながら最後に聞こえたのは、朝比奈さんの悲鳴にも近い声とハルヒの慌てた声と共に、プールに飛び込んだんだろう水しぶきの音だった。


「……ン、起き…………ョン、キョン!」
 ん……?
 誰かに呼ばれたような気がして目を開けると、すぐ目の前にハルヒの心配顔があった。
「良かった……」
 ハルヒの安堵した声。そういや俺、何してたんだっけな。プールに入って…………。
 ああ、そうか。ハルヒの凶弾によって撃沈したんだったな。
「1時間くらい気絶してたのよ」
「そんなにか」
 まだ夕日も出ていないからせいぜい5分か10分だと思っていたんだが、大して変わっていなかったのは時間ではなく天候だったらしい。
「とにかくっ、元気になったなら早く起きなさい!」
 ハルヒの怒声が降ってくる。まあそれは分かっているんだが、体が重い感じが否めない。自分は大丈夫だと思っていても体は正直なのかもしれないな。
 それとさっきから気になっていたんだが、後頭部がなんだか温かい。さすがに未だボールの直撃によってくる痛みが尾を引いているとは思えないし、とかなんとか考えていると急に頭の支えが無くなって、プラスチック製のベンチへしたたかに頭をぶつけることになった。白昼に星が見えたぞ、一瞬。
「ずっと頭乗せてた罰よ。そもそもあんなので倒れるのがいけないんだわ。最近たるんでるんじゃないの?」
 ふんと鼻を鳴らして更衣室へ戻っていった。
 頭……? ってことは何か、ハルヒが男女的ステップランクの割と高い位置を占めていると言われている、あれをやっていたってことになるのか?
「……」
 良く見るとこっちから見えるか見えないかの瀬戸際な位置で残りのSON組員が俺を観察しているのが見えた。やれやれ、あいつらは何やってるんだ、と疑問に思うことは無い。どう見てもさっきまでのやり取りを傍観席で見ていたに違いない。いろんな意味で痛む頭を押さえ、俺はその好奇心に満ちた視線をできるだけ無視して、男子更衣室に入って着替えることにした。

 

 結局プールでまともに泳いた時間はほんのわずか、という結果になった。
「不本意だわ。また今度泳ぎに来ましょ」
 それはいいが、人の頭に全力投球するのだけはやめてくれよ。
「分かってるわよ」
 ふてくされた顔でハルヒが答える。まあ、さすがにハルヒも毎回そんなことをするようなやつではないだろうと思っているが。
 と、長門が数歩離れた位置から俺の顔を凝視しているのが気になった。どうした、長門。
「……さっきの」
「さっきの?」
「涼宮ハルヒがベンチであなたに行った行為」
「膝枕のことか」
 状況からしてそうとしか考えられない、ってことだが。
「膝枕?」
「ああ」
「……そう」
 今の内容で納得したらしい。単に名前が気になってただけだったか?
 しかし今日はいろんな意味で疲れた。さっきから一部、妙な視線がやってくるしな。さっさと帰って休憩させてくれ。