「さあ、次よ」
 へいへい。
 無事迷子を親元に返すという任務が完了してから、ハルヒに付き従う騎士というよりは荷物もちを命令されて30分ほどが経過、俺の両手には金魚が入ったビニール袋が5つと、水風船で作られたヨーヨーが3つ握られていた。
 金魚すくいに興じたハルヒは目利きが骨董品を選んでいくかのごとく、水面を優雅に泳ぐ金魚を片っ端から真剣な眼差しで見ては和紙でできたやつで次々とでかい金魚をすくって自分のボールに入れていた。最終的にはボールの中には犇くという表現が正しく見えるくらいの金魚が入っていた。
 しかし育てる場所を懸念してか、そのほとんどを下の水槽へ返してやり、大きめの赤金魚を4匹、黒い出目金を1匹の計5匹を持ち帰ることにしたらしい。
 ここでハルヒはこの図体でかい金魚1匹につき1つ袋に入れてくれるよう頼んだ。普通、こういう場所で貰える袋は1つだろうと思ったんだが、
「こんなにでっかい金魚を1つの袋に5匹も入れたら窮屈で可哀想でしょ」
 というハルヒ理論に押し負かされ、担当の若い男もしぶしぶと都合5袋の金魚入り持ち運び可能簡易水槽が出来た。ハルヒはご満悦の様子で、
「これ、部室で育てましょ。水槽ぐらいならそんなに高くないわよね、きっと」
「水槽だけならいいが、ポンプとかどうするんだ?」
「そういうのセットで3000円とか売ってるでしょ」
「分からん」
「あるわよ、きっと」
 どちらにしても自分の家で飼うんじゃないのか。まあ、いいけどさ。
 なんとなくハルヒがすぐに餌あげを忘れて、ガラス面をカーテンのように緑色の藻が全面張り付いている様子が想像できる。こういう祭りで貰ってきた金魚は短命だとよく言うが、それ以前に汚水と窒息によって昇天しそうだ。つまり、結局のところ俺が気づいたときに全部面倒を見るしかないんだろうな。
 いや、最初から俺に全部やらせて、「あたしは元気に泳いでるのが見れればそれでいいの」とか言うだろう。間違いない。
「んじゃ次は……」
 ハルヒが片手に持った綿飴を手で千切りながら口に放り込んでいると――
「雨?」
 頬を濡らす水滴を手のひらで触って、空を見上げた。さっきまで快晴で、天体観測にはもってこいの空模様だったはずだが、今は星1つ見えない暗雲を敷き詰めた状態になっていた。そういや天気予報で夜間は天気が崩れるとかなんとか言ってたような気がしなくもない。聞き流していたから、ほとんど記憶に無かったが。
「とりあえず近くで雨宿りできるところを探そう」
「近くのテントは?」
 屋台が出ているテントを指差してハルヒが言う。
「それもいいかもしれんがこの人数だ、全員が入れるようには思えん。仮に入れたとしても肩身の狭い状態で息詰まるだけだぞ」
「……それはそうね。じゃあ急ぎましょ。あっちの方なら雨宿りできそうな場所があるかも」
 俺たちは祭り会場から少々離れ、いつもは公園としての利用が一般的な辺りまで走った。とは言ってもいつもは陸上部のレギュラーも夢じゃない速度を誇るハルヒも慣れない下駄を履いていたためにいつもの俊足は披露されることはなかったが。
 祭り会場から数百メートル離れたところの屋根つきベンチになんとか退避した俺たちは、持ってきたタオルやハンカチで服に掛かった雨水を払い落とした。他にも屋根の下には人が居たが祭り会場からそこそこ離れているのと、そういう場所が分散されて存在したことで1つに集中していなかった。
「あ、涼宮さん」
「……」
 舌足らずな可愛らしい声が横から聞こえてきてそちらを向くと、
「あら、みくるちゃんと有希もここに逃げてきたのね」
「はい。あの、丁度……」
 朝比奈さんが少し頬を赤らめて俯く。突然どうしたんだろうか。顔を少し上げて、ちらりと視線を移してまた俯くというのを繰り返す。
「ああ、そういうことね」
 朝比奈さんがしきりに見ている方向をハルヒは見やり、そういうことねといった表情を浮かべて首を縦に振る。俺もつられて見ると、なるほど、トイレに行っていた訳か。
「あたし、浴衣の着付けが1人でできないんですけど、ちょっとはだけちゃって。そしたら丁度長門さんが……」
 てことは長門は浴衣を1人で着れるのか。まあ、なんとなく万能宇宙人だからそれくらい余裕綽綽でできるというのは容易に予想がつくわけだが、宇宙人の方が日本人より日本人らしいというのはどうかと思うね。
「それで直してもらっていたら雨が降ってきて」
 どうやら朝比奈さんと長門は直撃を受けなかったらしい。さすが雨も朝比奈さんがせっかく来た浴衣を雨で汚すというのはためらったのかもしれないな。
「店員に勧められて撥水加工してあるやつ買っといて良かったわ。普通のだったら染みになってたかもしんないし」
 濡れた髪の毛をタオルでハンカチで拭きながら、ハルヒは慣れない下駄で走った疲れも見せずに笑った。が、それを一瞬で曇らせ、同様に曇りきった空を見上げた。
「でも、せっかくの花火が見れるはずだったのに、もったいないわね……」
「そうですね……」
「晴れないかしら……、花火までには」
 そこまで大きな花火ではないらしいが、割と間近で見られるのを期待していただけに、確かに少しもったいない気がするな。朝比奈さんもその言葉を聞いて少し残念そうな顔をし、長門は相変わらずの能面顔で同じく黒雲蔓延る空を見上げていた。
「……?」
 長門の双眸が一瞬だけ表情を変え、口惜しい様子を顔にありありと出しているハルヒを直視した。そしてもう一度空を見上げて、そのまま硬直した。
 何やら嫌な予感がふつふつと沸きあがってくるわけだが、その長門の不可解な行動の意味を突き止めるにはそう時間は掛からなかった。