「キョンくーん、起きてー、起きてー」
目覚まし時計を引き寄せてみる。むぅ、あと5分寝かせてくれ。
「だーめ、キョン君、早く起きてー」
布団から意地でも引きずり出そうとする妹と、それに対抗して布団をきつく被る俺。まだあと5分寝ても登校までには時間がある。この5分がどれだけ貴重なものか分かるか、妹よ。
「分からなくていいの。だから早くおーきーてー!」
最終的には引きずり出され地面とご挨拶。天井しか見えないが、とりあえず腰が痛いぞ。
「下でもうご飯食べるからね!早く来てよー。また寝たら怒っちゃうんだから!」
言いたいことだけ言って部屋を出て勢いよく階段を走り降りていった。相変わらず元気だな、朝っぱらから。
先ほどから天井と睨めっこになっている状況をどうにか打破するために、打ち付けた腰をさすりながら起き上がる。
そして久々の大物、TNT爆弾を何十発と同時に爆破させたような衝撃が俺を襲った。
「な、なんだこれは!」
世界中の色という色が無くなっていた。
「いやあ、驚きましたね」
驚きましたね、じゃない。これはどういうことだ。
「最近起こっている現象は、私たち機関の方でも全く手のつけられないくらいのものでして…現象の出所も、誰がやったのかも分からず、まさにお手上げ状態なのです」
長門もこくりと首を縦に振る。
「情報統合思念体もこの現象を突き止める努力をしているが、この状況の発生源が涼宮ハルヒでないことを突き止めることだけに留まっている」
ハルヒが原因じゃない?ってことはハルヒみたいな能力を持っているのが他に居ると言うのか。
最近口癖になりつつある気がするが言わせてもらおう、勘弁してくれ。
「どのインターフェースに接続しても見事に情報がないのよね。嫌になっちゃうわ」
どうでもいいが、朝倉。委員長が机の上に座るのはどうかと思うぞ。
「あら、たまには悪いことしてみたくなるものよ。それとも、何かそれ以上に文句あるかしら?」
ある意味、ハルヒ以上に手強い。スカートのポケットから覗く銀色が、な。
というか、お前のポケットは宇宙か、そんなものが入っているとは。
「にしても、だ。何故色が無くなったんだろうな」
「正確には単色になった、というのが正しいでしょう。現在僕たちが見ている世界はモノクロームですから」
今見えてる世界は、白と黒の濃淡だけで構成されている世界。
「完全な無色であれば何も見えないわけですから、歩くこともままならないでしょうね」
まあ、な。
古泉が嬉々として語りだす。最近長々と説明する場が無かったからだろうな。
「色というものは、絶対的な物理量を持つものではありません。光が当たったときにその光の中の色成分、つまりリンゴの赤なら赤のみを反射する成分を持つ領域などを”赤色”と表現するわけです。このときです、もしこの色を指定する光を反射する成分が”全て黒にする”という成分に変わったならどうでしょう?」
まあ、全部黒くなるだろうさ。
「その通りです。赤、青、黄、緑…様々な色が存在する世界で全ての色を黒で反射されるんですよ。真っ赤なリンゴも真っ黒なリンゴに、真っ青な海も真っ黒な海に。たったこれだけで世界中のイメージも何もかもが変わってしまうんです」
ホワイトボードに2つのリンゴの絵を古泉が描く。
「この二つ、実際は別の色で描かれたリンゴです。片方は赤、片方は黒。さて、どちらがどちらか分かりますか?」
いや、さっぱりだな。朝比奈さんもよく分からない、という様子で可愛く首をかしげている。
「実はこちら側が赤、こちら側が黒です」
絵の右下に赤、黒とそれぞれ描く。
「一見しただけでは確かに分からないでしょう。しかし、よく見てみてください。若干黒より赤の方が光の反射が小さいことが窺えるはずです」
言われたとおり、じっとホワイトボードの二つの絵を見てみる。
……なるほど、確かに良く見れば「どれが何色か」ということが分からなくても、「どっちも同じ色か」という問いには「否」と言える。元々濃さが違う場合を除いてな。
「昔、こんな話がありました。ある漫画家がミカンを黄色に塗りました。しかし、実際に塗られた色は橙色だったのです。どういうことか分かりますか?」
変色した、とかか?
「残念ながら、それは違います。さすがに変色、では答えにならないでしょう。ヒントは、その漫画家が描こうとしたミカンの色と部屋の電球の色を考えてみてください」
電球の色?うーむ…よくわからんぞ。
「あ、もしかして」
朝比奈さん、分かったんですか?
「えっと、合ってるかはわかりませんが…。黄色っぽい電球を使ったんじゃないでしょうか」
「ご名答です」
嬉しそうに笑う古泉。
「そう、その漫画家は部屋の電球が黄色であったため、自分が黄色だと思い込んで掴んだ色が実は黄色ではなく、橙色だったのです」
いくらなんでもそれはないだろう。
「光の三原色というのは知っていますか?」
ああ、赤と緑と青だろう。
「その通りです。蛍光灯など白色の光を発するものは実は白色の光ではなく、複数の色が混ぜ合わさって白色に”見える”だけなのです。ですから黄色がちゃんと黄色として、橙色は橙色として反射されてきます。しかし、発せられる光が最初から黄色っぽければどうでしょう?全部が全体的に黄色っぽく見え、今さっきホワイトボードに描いたように黄色も橙色もほとんど同じ色に見える、ということが起こるのですよ」
ふむ、大体は分かった。
しかし、だ。この状況はどうやって起こったのか、そういうのは結局分からないんだな?
「はい、そこは残念ながら」
それともう一つ問題がある。俺たちSON組メンバーはそうだが、その他大勢は色が消えても驚いていないことだ。
「そちらを説明していませんでしたね。どうやら、色が無くなったのは僕たちだけのようなのです」
他の人間にはちゃんと色が見えているということか?
「そうです。長門さん、朝比奈さんなどSON組ほとんどのメンバーが確認されている限り色が見えなくなっているのですが、それ以外の人にはしっかり色が識別されているようなのです」
ますます訳が分からなくなってきた。何故俺たちだけ色が見えなくなるんだ。
正月に食べたものとかに何かあったとか、
「失礼ね、そんなもの混ぜないわ。それに、そんなことするなら自分までかからないように上手くするわよ」
非常に納得できる。少しひっかかるところもあるが、すまなかったな。
…古泉、ちょっと待て。
「さっき、SON組ほとんどのメンバー、って言ったよな。ちゃんと見えているメンバーもいるのか?」
「涼宮さんはちゃんと見えているようです。あと、鶴屋さんはまだ会えていませんので、確認はできていません」
「もうほとんど揃ってるわね、珍しいわ」
話題の中心人物、涼宮ハルヒ超顧問様のご登場である。
さて、この涼宮ハルヒが出てくるとまともなことがないわけだが、実際にまともなことは起こらなかった。それについてはまた後ほど。