「ただしこれは局地的現象。効果範囲は校舎および校庭内。また対象は数値的意味を持つものでしか意味がない」
よく分からん。
「そうですか」
が、古泉はそれだけで理解したらしい。そして待ってましたとばかりに(俺だけがそう見えただけかもしれんが)解説を始めた。こいつには解説君という仇名でもつけておこうか。
「つまりこういうことです。この学校周辺、つまり校門付近までしかこの効果は発生していない。つまり学校を出てしまえば、いつも通りの生活に戻れるわけです」
そっちはなんとなく理解した。
「また計算における数字、つまりアラビア数字は書けませんが……」
さらさらと紙に一から十まで、漢数字が並ぶ。
「このように直接的に計算をするときにはあまり利用されない漢数字ならば書ける、ということです。つまり数学に恨みがあって、数学に関わる数字だけ全て存在を抹殺した、ということでしょう。ですから『三途の川』だとか『七転八倒』のような単語や諺に含まれるものは除外されていて、これにおいては今みたいに言葉として出すこともできる。どうでしょう? 長門さん」
「正しい」
とりあえず計算とか数え上げじゃなければいいって訳か。後、この不便な状態は学校にいる間だけってことだな。かといってこの不便さが1ナノグラムも緩和されるわけでもないんだが。
「そうですね……。いちいち筆談するわけにもいきませんし」
朝比奈さんがペンをいじりながら、小鳥のさえずりみたいな声でそう言った。
そんなことしたら、ハルヒが何を言い出すか分かりませんからね。ふざけてるんじゃないの? もうちょっと真面目にやりなさい! そう言うに違いないでしょう。
「それで、だ。解決方法はどうなんだ? もう分かってるのか?」
「僕にはとんと思いつきませんね。どなたか?」
苦笑いで首を振る鶴屋さん、いつもの笑顔が少し薄れて真面目な表情が見え隠れの朝倉も首は横に、一番頼りの長門もやはり同様だった。ってことはしばらく様子見するしかないってことだな。
「そうですね、そうするしかないと思います」
ああ、そうか。長門が急に顔を上げて職員室の方を向いたとき、ハルヒのけったいな暴走をいち早くキャッチしていたんだろう。そうに違いない。というかそれしか考えられない。
それならそうと言ってくれれば良かったんだが、と一瞬思ったのは思ったが、だからといってあの時に長門がそれを説明していたらどうなったかというと、正直どうしようもならなかったから、なんということはないのだが。
「とりあえず、さっさと帰ろう。正直学校内に残って居たくはない」
「同感です」
「そうだねえ、ちょっち不便さっ」
全会一致により、この会議は終了、さっさとここを退散することにした。
校門を抜けて、指折り数えてみた。
1、2、3……確かに学校から外へ出ればいいみたいだ。
「そういや被害ってのは俺たちだけなのか?」
隣でよく分からない一点を凝視したまま、器用に人を避けていく長門に聞いてみる。
「あの区域に入った、涼宮ハルヒを除く全員が対象だと思われる」
ってことは数学の授業とかどうなるんだろうな。まさか全部漢数字になっているとかないよな。
「分からない」
全ては実際に見てからってことか。
「そう」
溜め息が出るぜ、全く。そろそろほどほどにしておいてくれないものかね。さすがについていけないぞ。
「まあこれ以上被害が拡大しないように気をつけましょう。涼宮さんが本気で数字嫌いになってしまえば、今現在正常に存在している数字さえも消えうせてしまうでしょう」
アラビア数字に何の罪もないのにな。
ハルヒが右を向けと言ったら強制的に右を向かざるを得ないこの状況であるのに、あいつはすぐに癇癪を起こしたり、血が上ったりしやがるせいで、下界の民はその度に起こる天変地異に慌てにゃならん。もう少しくらい平生と同じ状態を保つくらいの度量は持っておいて欲しいものだ。
明日のことを憂慮しながら、俺たちは重い足取りでそれぞれ帰途に着いた。