目覚まし時計の音がうるさい。まだ、あと10分、いやあと5分寝かせてくれよ。そしたら起き、
「何?!」
「わぁっ」
そーろりそーろりと、俺に近づいていた妹君は俺の声に驚いて尻餅をつく。
「キョ、キョンくん。びっくりしたよぉ、もう」
「そういうお前は何しようとしてたんだ」
「え、べ、別に何もしてないよ?」
「じゃあ足元に転がってるクラッカーはなんだ?」
「あうっ」
慌ててクラッカーを拾い、背後に隠して「えへー」と笑う。笑って誤魔化してもだめだぞ。
「起きたなら、早く下に来てね!」
部屋から逃げ出す妹を見送ると、さて、何に驚いて目が覚めたんだっけな。
回想開始。といっても最後のレム睡眠で見た夢などは疾うの昔に忘却の彼方なので、こっちはいいとしよう。最悪こっちが原因だったら潔く諦める。うむ、男らしいな。
で、なんだったか…。よし、もう一度布団の中に潜ってみれば分かるだろうな。目も瞑ってみる。
そうそう、こういう感じでうとうとしてたんだよな…。で、目覚ましがなって…、
「目覚まし?!」
「わぁっ」
妹再び。
「えへー」
脱兎、の首根っこを捕まえる。
「だ、だってキョンくんが起きてこないんだもん!」
「こちとら思い出さなきゃいけないことがあったってんだ、べらんめえ」
何故江戸っ子か、というのは置いておこう。とりあえずデコピンで許してやる。
「あたっ」
軽いデコピンを受け、反抗的な目を向けた妹だったが、ここでも一つ思い出した。
妹がちゃんと妹色である。
…これじゃ変だな、妹にちゃんと色がある。それだけじゃなく世界中が色を取り戻していた。
「あれは夢……だったのか」
昨日一昨日のできごとを思い出して、深い溜息。やっと、戻ったのか。
色が、音があるだけでなんと世界は美しいのだろう、なんて詩的なことの一つも言ってみたくなるもんだ。いつもなら早朝歩行地獄にしか思えない登校も、なるほど、心に余裕を持って歩けばこんなにも綺麗に見えるってわけだ。
しかし、きっとこういう反省も喉元過ぎれば、といったところで、明日にはまた、なんでこの地獄ハイキングを満喫せにゃならんのだ、と愚痴をこぼすに違いない。
まあ、今のうちだけでもそれは忘れておこう。
「よう、キョン」
なんだ、谷口か。
「昨日は随分と無視してくれたじゃないか、ええ?」
すまん。近くで工事をしていてな、耳栓をしたまま学校に来たことを忘れて、何もかも聞こえなかったんだ。そうだよな、朝から爽やかな小鳥のさえずりが聞こえない時点で気づくべきだったよ。
「アホか。そんなわけないだろうが」
ある意味事実なんだが。
「まあいい。最近付き合い悪いからな、今度ゲーセン誘ったときはちゃんと来いよな」
ハルヒに連行されなければな。
「涼宮か…完全に染まったな、お前」
言わないでくれ。俺も後悔している、全身全霊から。
「ああ、キョン君。大丈夫でしたか」
いつも通りのメイド服で迎えてくれる朝比奈さん。ということは、朝比奈さんもですか。
「はい、私もなんとか…。みなさんもそうみたいです」
朝比奈さんが振り返る。後ろには本日もお早いお集まりで、ハルヒ以外全員が集合していた。さすがだ。
結局なんだったんだろうな、あれ。
「それに関しては鶴屋さんの方から何かあるらしいですよ」
「ほら、これさっ」
鶴屋さんが差し出した紙切れには「これだけでは終わらない。さらなる恐怖がお前達に襲い掛かるだろう」と、脅迫状みたいに新聞の切抜きで書いてあった。
………ベタだ。
「しかし、さらなる恐怖とはなんでしょうね」
古泉が言う。さあな、耳が聞こえない、色が無くなる。次は完全に視覚を失うか、手足の感覚がなくなるか、起き上がれなくなるか…、はたまた全員小さくなるとかな。
「小さくなるのはおもしろそうだね。まあ、しばらくは何もないと思うけどさっ」
そうですか。小さくなるのは非常に困ると思いますが。
「あなたの小さいのなら、飼ってもいいわね」
朝倉、飼うと言うな。
「あ、ずるいです。私も欲しい」
朝比奈さん、欲しいとか俺は物じゃないですから。
「………」
「お姉ちゃん、がんばりましょう」
長門、実希、二人も無駄に熱くなるな。というか、小さくなることが決まったわけじゃない。俺が小さくなったという状態で話を進めるな。
「ははは、大人気ですね」
ぴんと軽く前髪を弾く古泉。ああ、もう、ホントにな。
帰り際、俺はある事項を解決すべく、実希をちょいちょいと呼び寄せる。
「なんですか?」
この紙の話について聞きたい。
取り出した紙は昨日俺のポケットに実希が突っ込んだものだ。
「………」
突然だんまりに徹する実希。言いたくないのか。
「言ってどうするんですか?あなたが一人で戦うとでも?」
いや、それは無理だが、お前があんな紙を渡したせいで気になってな。
「他の人は、一部を除いてですけど、薄々ながらも気づいているみたいです。そして、その人の正体が何なのかも。ですから、あなたにも少しだけ気づかせようかと思いまして」
だったら答えを言ってくれてもいいんじゃないか?
「もし、本当に自分の知り合い、友達がなんかの犯人だとしたら」
真摯な目。
「あなたはその人に対して、どうしますか」
――答えられなかった。
きっと問い詰めて、怒鳴ってしまうかもしれないからな。そしたらきっと実希は教えてはくれないだろう。しかし、嘘を言っても見抜かれてしまうに違いない。
「……大丈夫です」
情報統合思念体による、新しいアンドロイドは人を気遣う能力も少しずつ兼ね備え始めたみたいだ。
今までのインターフェースの全てを集結したんだろうか、朝倉の向日葵な笑顔とは違う、優しい微笑の実希。
「命の危機に瀕したら、絶対に助けに行きますから」
結局何も解決しないまま、普段の生活に戻った。
しかし、あの情報統合思念体の監視さえすり抜けてこんな世界を、といっても一部にしか効果がないようだが、引き起こすのは一体誰なんだろうか。実希は深くは言及しなかったが、犯人はSON組関係の人間ということらしい。
冬の澄み切った青空とは反対に、憂鬱な日々はまだ続きそうだ。