20階を超えてからは1階と同じような構造だった。最初は簡単、徐々に難しい迷路になっていくという法則を堅実に守り、俺は休み休みで次の目的階である40階を目指した。とは言ってもまた、地形的変化のみを確認するだけにとどめておいたのだが。正直階数を全部数えているとなると、余計なところで疲れちまうからな。また同じような階が出てくればそこが2回目のポイントであり、同時に40階なんだろう。カレンダーを持って日を順に送らなくても、放送されるテレビ番組で曜日が分かるようなもんだ。今はただ下の階を目指して歩けばいい。
しかしこの世界は本当になんなんだろうな。
古泉は生理現象と時間の概念は無くなっていると言っていた。確かにそれは正しいんだろう。数時間は歩きっぱなしのはずで、本来なら空腹と喉の渇きを感じていいはずなのだが一向にその兆候は見られない。いいことだ。
だが疲労感についてはどうもそういう修正はされていないらしい。空腹感はないのに脚だけ疲れている。喉は渇かないし、汗も出ない。しかし体は歩けば歩くほどだるくなる。
どうせならそいつも無くしてくれればいいものを、なんで中途半端にそんなところだけ残してあるんだろうな。古泉のやつもそういうところは融通を利かせればいいのに。
……ん? ちょっと待てよ。
何であいつはこの図書館についてあんなに詳しかったんだ。おかしいだろう、普通。勝手に俺が放り込まれた空間なら、この空間のことについてあんなに詳しくないはずだ。それにこの薄暗い図書館の中、あんな意味の分からんボタンで映像を再生させる機械を持ち込むようなこともできないはず。
もしかして、この空間は機関絡みなのか。それならば、わざわざ俺をこんなところに閉じ込めるために変な空間を作ったということなるだろう。
だったら俺は帰ってあいつをぶん殴らなきゃならん。こんなところに連れてきやがって。
幾つかの恨み言を考えながらやっとのことで、40階にたどり着いた。前と大してパターンは変わらず、コツコツとしらみつぶしに分岐している道を消していけばいいというだけのことだから、結局時間を掛ければどうにでもなるんだよな。
おそらく、という形容詞が付く地下40階は20階の配置となんら変わらず、もしかしてまた40階に戻ってきてしまったんじゃないかと思ったくらいだ。
しかし41階へ向かう階段の手前、同様に置いてボタンの色が黄色になっていたことから、どうやらちゃんと違う階へやってきているらしいと安堵した。
これは今回も押せ、ってことなんだろうな。
俺は躊躇わずにそいつを押し込んだ。すると――
「わ、わわっ、え、えっと、こ、こんにちは」
ぺこりと頭を下げたのは我が部のエンジェルの透明人間、もとい記録映像だった。朝比奈さんはいつものメイド服姿で、突然カメラを向けられた一般人みたくガチガチに緊張していて、
「え、えっと、キョ、キョン君には今から、答えてもらうことがあります」
真剣な表情を自分では作っているのだろうが、どうにも見ていて頬が緩んでしまうような、そんな表情であった。そんなことはおかまいなしに、朝比奈さんは明らかにカンペらしきものが置いてある方向をちらちらと見ながら捲くし立てようとする。
「こ、これはー、ろくお、録画ですから、えっと、あたしの言葉がキョン君の言ったことに対する意見ではなく、えっと……そ、それなので、騙されないようにしてくださぁい」
舌足らずに喋っていた声に、俺は自然に頷いていた。やっぱ同じ事を言ってても、古泉と朝比奈さんじゃこれだけ違うもんなんだな。今までの疲れも吹っ飛ぶ。
「じゃ、じゃあ始めます。えーと……」
覚えた楽譜を思い出すピアノの発表会壇上の少女のように息を吸ってから、
「高校に入ってから今まで、あなたの今までの生活は予想していた生活とどれだけ違いましたか?」
どうやら今回の質問は前回のものと繋がりがあるらしい。前回は過去。今回は今。次回は未来かもな。
だけどそんなことを知ってどうするんだろうな。それに機関関連が勝手にいじった空間だと思っていたが、朝比奈さんまで出てきたってことはそうとは思えない。古泉と朝比奈さんの話からして、未来人と超能力者のグループはあまり仲が良さそうではないしな。
「時間は3分です。えっと、終わりだったら終わりって言ってくだされば、そこで録音を止めます」
だんだん最初の慌てぶりが無くなって落ち着き始め、いつも部室で見せてくれるような天女の笑顔を見せた。
「素直な気持ちを言ってください。それではどうぞ」
今回も前回同様、浮かんでいた映像は消えた。勝手に喋れということらしい。
しかしながら、毎回考える時間を最初にくれないのはいかがなものかと思うな。本心を言えというのは分かるんだが、もうちょっと話をまとめてから言わせてくれてもいいんじゃないか?
中小企業の面接でもあるまいし、何を聞かれるかなんてことは分かってなかったんだから、言葉をまとめる時間くらいはあっても良さそうなもんなんだが、まあここで愚痴ったところで仕方がない。
時間の概念があるのか無いのかは別として、とりあえず3分と決められているらしいから、体感でそれくらいの時間までには答えきる必要がある。古泉の時と同じで、あまり長いこと考えていられる余裕はないはず。時計くらい置いててもいいだろうに、不親切極まりない。
完全にまとまりきっていない頭の中をどうにか整理をつけながら、とりあえず口を開いた。