「あー、なんかおもしろいことないかしら」
 ある日の部室で、ハルヒは頭をかきむしりながらそんな物騒なことを言っていた。
 普通の人間であれば、「何かおもしろいこと」といえば実に常識的な、例えば芸能人に道端で出会うとかそれくらいの話であるから、物騒という表現は異質に聞こえるだろう。
 しかし長い間ハルヒの行動をつぶさに書き記してきたためにご存知であろう、涼宮ハルヒその人がいう「何かおもしろいこと」というのは地球が破滅するだとか、世にも奇妙な巨大生物が現れるとか、宇宙人が光線銃でも持って攻めてくるとか、そういう子供じみた考えなのである。
 それがただの妄想なら良いのだが、どうやら涼宮ハルヒというこのいつまで経っても頭の中が子供の想像力と同レベルの女にはそんな妄想を現実化させる能力があるらしいのである。なんと実にはた迷惑な能力を、神様とやらはこいつに付属させたんだろうな。
 ……いや、古泉達から見ればこいつがその神様なんだっけか。
 まあそんなことだから、ハルヒが面白いことを探しているというのは、俺たちが危機に見舞われるということとすべからくイコールで結ばれる等式なのである。
 しかも性質の悪いことに、この涼宮ハルヒは緩慢な平穏が続くことが大嫌いなのである。いつでも自分中心で何かが動いていて、例えば地球が自分中心に回るだとか、そういうことが起こってほしい、いや起こるべきだ、起こらなくてはいけないと実に偉そうなことを考えているわけだ。
 秋の夜になったら必ず騒ぎ出すマツムシのようなヤツで、それがただ綺麗な音を鳴らすだけならいいのだが、ハルヒは不協和音を全力で演奏するのだ。ホント、どうにかならないかね。
 ああ、そういえばハルヒが貰ってきたスズムシなのだが、だんだんハルヒ自身の育てる気が無くなってきてあっけなく飼育放棄、故に俺に任されていたわけだが、正直エサ代もバカにならないということで、一応ハルヒの許可を得て近くの山に放してやった。自然に居るやつは自然に帰ったほうがいいんだ。多分だが。
「なんか体動かすことがいいわね、サッカーとか」
 体なら最近動かしただろ、体育祭で十分すぎるほどにな。
 秋口に行われた体育祭ではクラスでのリレーに出ては、アンカー走者としてその実力を、短距離や中距離、長距離走では個人成績1位という無駄にハイスペックなところをハルヒは遺憾なく発揮したのだが、この涼宮ハルヒという人間にとってそれはただのウォーミングアップ程度のものでしかなかったらしく、その他にクラブ対抗リレーなんぞに出ようと言い出した。
 もちろん俺は止めたのだが、こいつが物事を決定する時の勢いというのは俺が手で止められるような小石が幼児が作った砂山から転がってくるようなものではなく、こいつはエベレスト山のてっぺんから重さ5トンくらいの鉄球を転がしてから裾野辺りで待ち構えているような状態であって、つまり俺はその鉄球ごともろともに飛ばされるしかない。
 結局リレーにエントリー、それだけではなく俺もランナーに駆り出された。
 朝比奈さん、古泉、鶴屋さん、実希は人数の都合で見学。こういうのは鶴屋さんの方が好きそうだと言ってみたのだが、どうやら俺は何が何でも出さなきゃいけないらしく、即答で却下。泣く泣く第1走者をすることになっちまった。
 結果がどうなったかとは言うまでもなかろうが、1位だった。それもぶっちぎりの。
 どれぐらいぶっちぎったかというと、最終的には10mくらいだった。しかし本当ならそんなに短くはなかった。
 第1走者の俺が1位の陸上部にトラック4分の1くらいの差をつけられて、第2走者の朝倉にバトンを渡した。一応50m走のときの能力を見ているから、まあそれなりにがんばる程度だと踏んでいた。
 その油断が仇となった。釘を刺しておくべきだったと自分の浅はかさを恨んだね。
 我がクラスの委員長はどこかのスイッチが押されたようで、50m走の走力をさらに何割か増した速度でトラックを走りぬけ、バトンを受け取ったときとは逆に2位との差を7馬身にして1位になってしまったのである。
 次の長門には現実的な走りをしてくれと言っておいたから安心だ。そう思っていたらどうやらそれも勘違いだったようだ。あいつの脳内ではどう誤変換が起こったのかは知らないが、人類が走行可能な最大速度くらいで走ってくれという解釈になったらしい。土ぼこりを全く立てずに猛然と2位まで周回遅れにしてしまった。さすがに観客も騒然としていたさ。
 最終走者、ハルヒ。バトンを貰っても動かない。
 後で聞いてみたところ、「こんなぶっちぎりのまま勝ったところでおもしろくないでしょ!」とのこと。ああ、だから2位の陸上部のやつが来るまで待っていたわけか。
 最終走者にバトンが渡ったのと同時にハルヒがダッシュ。こいつはさすがに前2人ほどの非現実的な走りはしないのだが、どこにそんな脚力が眠っているのだか、最終的におそらく陸上部最速のメンバーだとは思うのだが、そいつを10メートル以上引き離して1位にてゴールとなった。
 ハルヒがこのままのスピードでトラックを周回したならば、おそらく1周、いや1周半くらいは差が開いていただろうな。同時にハルヒとスタートしたやつはゴールした後、うな垂れて動かなくなっていた。そりゃあれだけされれば心身共にやられるだろうさ。気の毒に。
 やれやれ。思い出すだけでも頭が痛くなる。
 まあそんなことをやらかしたんだから、十分すぎるくらいに運動というものを堪能したはずなのだが。
「暇なのは嫌なの」
 このお嬢様はとことん我が侭だった。