「ちゃんとやってる?」
「やってるって」
 つーかお前はやらないのかよ。
「あたしは疲れるからやだ。それに更なる完璧な捕獲アイデアを構想中なんだから」
 専用の回転椅子に座って優雅に足なんか組みながら、朝比奈さんが淹れてくれたお茶を啜ってパソコンに向かってマウスをクリックしているだけの姿をどう見れば捕獲アイデアの構想中に見えるんだろうか。
 が、そこに突っ込むやつは俺以外に居ないし、その俺でさえもそれが面倒だからやる気は無い。つまり異論を唱える人間なぞこの部屋には居ないという状態だ。やることやるか。
 今俺たちSON組のメンバーが取り掛かっているのは他でもない、涼宮ハルヒ閣下から命を下された文化祭に訪れた人間以外の不思議生命体を捕獲するためのアイテムである。より詳しく言うと投網とかそういうものだ。
 といっても漁師が使う本来の投網ではない。ホームセンターで買ってきた防鳥用ネットである。ハルヒが「宇宙人はそんなに小さくないわよね」とあまり目の細かくない網をというので、目に付いたこれに即座に決定した。
 もちろんこのままでは目標になるものに投げたところで、錘になるものがないからその場で取り押さえることができず逃げられてしまう。そこはハルヒもさすがに考えて居たらしい。
「だったら端に錘でも付けておけば良いじゃない」
 パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃない、と言ったとされるマリーアントワネットみたいにその女は実際の製作活動には全く参加せず、専ら監督をすることだけに徹している。素敵な立場なこった。
 ハルヒの構想ではそのネットの八方に小さい土嚢をくっつけて落とすらしい。そのためには土を入れる袋を網の端につけなくてはならない。というわけで、ナイロンのネット修繕用糸と針をついでに買ってきたのだった。
 ふと思ったんだが、ハルヒの構想からするとそれなりの重さの土嚢を八方につけるらしい。どうやって投げるつもりなんだろうか。そんなもんは持ち上げるのも一苦労、そして相手を狙って投げるのも一苦労だ。ついでに言えばもう一苦労、ちゃんとネットが広がるように四隅の袋は互いに離れるように投げなきゃならん。
 つまりそれを同時に解決するには、丁度相手の真上から既に広げた状態で待って、真下に来たら全員で同時に離さなきゃいけないわけだ。疲労に対して効果が低すぎる気がする。いや、気がするだけじゃなく低い。役に立たない。立たないのだが、ハルヒに進言してみると、
「とにかく作ってみなきゃ分からないでしょ」
 だとさ。つまり「どうせ自分は作らないから実験してだめだったらまた考える」というところだろう。早く誰かこの自己中心的な女を一手に引き受けてくれるやつが現れないかね。
「文化祭までそんなに時間がないんだから」
 誰がここまでやることがないって引っ張りに引っ張ったんだか。
 部室の外でも、年に1度の祭りという名が刻まれている行事という魔力は活気を引き出すものらしく、いつもはグランドを使った運動部か吹奏楽部の管楽器の音くらいしか聞こえないのだが、今は金鎚で釘を叩く音や鋸の音といったこの時期特有のものが聞こえてくる。おそらく現在我が1年5組も、目下の文化祭に向けて作業中に違いない。えーと、何をするんだっけな。朝のHRは眠くてほとんど聞いていない上に、ハルヒからの度重なる宇宙人捕獲の新案を聞かされていた為にクラスの出し物についてはさっぱり記憶に無い。どうせ参加することはないだろうが。
 その俺が微塵ほどにも記憶に無いクラスの出し物の指揮を務めるため、朝倉は今この作業場と化した部室には居ない。さすがに委員長ともなる人物であり、船頭になるにふさわしいと言える人材である朝倉は1年5組には必須であり、クラスの作業分担を進めるのに手一杯でこちらまで手が回らないらしい。構わんよ、どうせハルヒの子供じみた仕掛けを作るだけのものだしな。
 他にも古泉と鶴屋さんも居ない。クラスの出し物のラストスパートだそうだ。ハルヒの機嫌が最低値まで落ちていたときにはこっちの方が気になっていた2人も、最良とは言いがたい状況とはいえ一応の落ち着きを取り戻したために自分のクラスの助っ人に回っているらしい。
 ということで現在ここに居るのは最初からクラスの出し物に参加する気皆無のハルヒとそれに強制連行された俺、後は当日来ればいいと言われているらしい朝比奈さんに進行度は不明でそもそもクラスの出し物に参加するのかさえよく分からない長門と実希の5人である。
「キョンくん、糸って余ってますか?」
「ありますよ」
 持っていたナイロンの糸を対面にいたジャージ姿の朝比奈さんに手渡す。さすがに作業中は制服じゃまずかろうと全員ジャージに着替えているのだ。
「ありがとう」
 笑顔の天使は大事そうに糸を受け取って作業に戻った。元の位置に戻ると、隣で長門が黙々と土を入れる袋をネットに縛り付けていた。不器用な手つきで縫合用針で縫いつけている朝比奈さんとは異なり、手際よく袋に糸を巻きつけてネットと縫合している。
「こう、足元にピアノ線でも張って、足を引っ掛けたら前から丸太が飛んでくる仕掛けとかどうかしら」
 お前は普通じゃない生命体と遊びたいのか、単に生死を問わず捕獲したいのか。
「それくらいで死なないわよ。人間と違ってきっとヤワじゃないんだわ」
 確かに長門は全身から血を流し、朝倉の触手みたいに伸びた手が心臓を突き抜けていても至極冷静に居て、「肉体の損傷は激しくない」とかさらり言い流すやつだから正しい気もするが、未来人である朝比奈さんや普段はただの高校生やってる古泉とか、ある程度運動神経はいいらしいが世の中の物理法則を無視するような人間ではない鶴屋さんは大して人間と変わらないと思うが。
「とにかく気絶でもさせて、手足を縛って逃げないようにしてからまず絶対的降伏をさせるのよ。それから友達になっていろんなことをして遊ぶんだから」
 それは友達ではなく明らかに下僕だよな。思ったことを口に出さないようにしながら、俺は袋とネットをちくちくとあわせる作業を続けた。