本日も非常にいい日和だ。そしてメンバーはほとんど揃いに揃って欠席で、長門と俺だけになっていた。
 にしても集まるときはほぼ全員集まるのに、集まらないときは2,3人のみになるというこのメンバーたちは、実は示し合わせて休んでいるんじゃないかと思うくらいだ。もしかすると、どっかで同時に何か起こっているのかもしれない。
 まあ、俺にはどうすることもできないし、そもそも何かがあったと断言する材料がないから真偽は不明、気にしてても始まらないってやつだ。
 さて、本来ならさっさと帰るところだが、ここに留まっている理由。それは別に家に帰ると天変地異が起こる、とか、親に勘当されて帰れない、とかいうことではない。親が出かけているだけだ。
 用心のため、鍵は置かないで出たらしいので、つまり家に帰っても部屋に戻れるわけでもない。よって、このSON組の部屋でくつろいでいるわけだ。
 こういうときは拡張された畳の上のこたつの中でうとうとするのに限る。こたつに突っ伏していると、長門がいつものハードカバーとは違い、雑誌を読んでいる。珍しいな、あいつは単行本かハードカバーみたいなのばかり読んでいるイメージがあったが。
 しかし、大掃除のときに、新聞を渡したら読み続けていたくらいだからな、よほどの文章好きなんだろう。それでもSON組の部屋の中にいる間は、随分と本以外のことに時間を割くようになってきた。
 例えば、将棋やオセロなどのボードゲーム、テレビゲームなら格闘など、人と関わるゲームを、相変わらず無口ではあるがやるようになり始めている。本の虫だった頃から比べると、ホント変わったぜ、長門。
 まあそんな長門だったわけだが、今はなにやら雑誌に熱中している。そんなに面白いものが載っているんだろうか。
 長門に近づいて、「長門、何読んでるんだ?」と話掛けると、長門はばさばさとページを捲って別のページを開いて「雑誌」と一言。いや、雑誌なのは分かるんだがな、どんな雑誌なのかと。
「ファッション雑誌。朝倉涼子から渡された」
 ほとんど制服の長門が、ファッション雑誌を読んでいるところは、その、なんだか非常にシュールだ。
「それで、いい服装はあったか?」
「あった。ただし、身長が合わないものが多い」
 長門はどちらかといえば身長はあまり高くないほうだしな。まあ、そういうのがいい人もいる。
「…属性?」
 その言葉はもう忘れなさい。
「そう」
「こんにちは…あら?長門さんとあなただけ?」
 朝倉か。ああ、今日はお休みだと。
「じゃあ、あなたは何故居るのかしら。特に何もすることないんでしょ?」
 ひどい言われようだが、確かにその通りだ。しかし、家に帰っても入れないんだ、鍵がかかってるからな。
「親御さんはおでかけ?」
 そうだ。
「ふぅん、だからここで居眠りしてたってわけね」
 何故居眠りしていたとわかるんだ。
「頬に跡がついてるわよ」
 マジか。
「…あら、長門さん、読んでるのね」
 こくりと頷く。朝倉が渡したんだってな。
「ええ、そうよ。あなたのお気に入りの服でもあった?」
 いや、よく見てないから分からん。
「そう、それなら良かったわ」
 何がいいのかさっぱりだ。
「うふふ、それは秘密。長門さん、教えたページ、ちゃんと読んだ?」
「読んだ。しかし、理解を超えている」
 長門の理解を超えている?どんな内容だ。宇宙の真理さえも分かりそうな情報統合思念体のインターフェースが分からないことって何なんだ。
「だーめ、あなたには見せて、あ・げ・な・い♪」
 くすくすと笑いながら朝倉。すごく気になるんだがな。
「そんなにすごいことじゃないわよ。長門さんにだって分からないことはあるものね」
「そう」
 まあ、あのマウスぐるぐる事件とかもあったことだしな。普段が高性能すぎるせいで、何でも分かっているような気がしてしまうだけだろう。昼寝の続きでもするか。
「どうぞご自由に。…さてと」
 朝倉は長門の隣に自分の椅子を持ってきて座り、隣から「これはね……なの」と指示だか指導だかをしている。なんとなくその声が子守唄のようにも聞こえてき始め、ああ、そろそろ夢の世界へ一歩足を踏み入れようかという頃だった。
「じゃあ、実践してみましょ。丁度いい実験体も居ることだし」
 実験体?今部屋に居るのは俺と長門と朝倉だけで、朝倉が誘ったのは長門、つまり実験体は、
「俺か?」
「そうよ。実験に付き合って」
 …なんだかすごく嫌な予感がするぞ。
「大丈夫、痛くしないから」
 猛烈に反対だ。
「大丈夫、痛くはない」
 さっきから、痛くはない痛くはないと連呼しているが、本当は痛いんだろう。
「逃げると痛くするわよ?」
 だから、その銀色はしまいなさい。
 はいはい、分かったよ。好きにしてくれ。
「うふふ、往生際のいい有機生命体は好きよ♪」
 そりゃようござんした。
 ゆっくりと長門が近づく。俺はこのとき、死を覚悟したね。
 なんてったって、明らかに致死量の血を流してて「このインターフェースの損傷は大したことない」と抜かすくらいだからな、俺たちの痛みというのが分かっていなさそうだ。
 つまり、これくらいだと痛いとか死ぬっていうのが分かっていない。
 つまり、手加減なし。
 つまり、死へ直結。
 これ、死神待機してるんじゃないか、背後に。
 思わず目を瞑った。そりゃ自分の体になんか刺されたりしたのを見たくもないしな。
 父さん、母さん、短い間でしたがありがとうございました。今度生まれてくるときには本当に何事もない一般高校生に生まれてきたいです。
「何そんなに怯えてるのよ。だから、痛いことなんか何もないんだって。逆にそんな状態だとやりづらくてかなわないわ」
 恐る恐る目を開ける。どうやら、まだ鮮血を見なくていいらしい。
 長門は目の前で、ごそごそと何かを取り出し、俺に渡す。…クッキー?
「あんたのために、作ってきたんじゃないわ、余りものよ」
 ……はい?
 ものすごく棒読みで長門がそう言った。ええと、何、この空気は。リアクション不能だ。
「ああもう、違うわ、長門さん。もっとこう、はずかしがった感じで!」
 朝倉が演劇の演出家のようにパンパンと手を叩いて長門に近づく。
 受け取ったクッキーは朝倉がひょいと掴んで持っていってしまった。なんだ、俺にくれたんじゃなかったのか。
「だからね……、そう、こう「あ、あなたの……ないんだからっ」って……違うの、こうもっとね………そう、ちょっとそっぽ向いた感じ…」
 ええとだな、俺はどうすれば、
「ちょっと黙ってて」
 はい、すみません。
「うん、……そう、うん、いい感じ。大分良くなったわ。じゃあもう一度」
 くるりとこっちを向くと、長門の瞳に思わず炎を見そうなくらいにやる気に燃えた、いやそんな気がしただけだろう、表情は相変わらずだが、なんとなく空気がだね、ってまたにじり寄ってくる長門。
 そして、拾い聞きした単語「そっぽを向く」というのを入れて、
「あ、あなたの、ために、作ってきたん、じゃない、んだから」
 妙につっかえすぎながらさっきのクッキーを差し出す。もらっていいのかもらってはいけないのかさっぱり分からん。
「ああ…、そうか。ありがとうな」
「違うでしょ!」
 朝倉の怒声。いや、何がいけないのかさっぱりだ。
「そこは「んなのいらねぇよ」って突っ返して、「っ、もういいわよ!知らないっ!」って長門さんが言う場面でしょ!」
 なんだそりゃ。アニメかなんかの見過ぎ……。
「もう、せっかく長門さんがツンデレを体現してくれたっていうのに」
 ツンデレ?なんだそりゃ。シンデレラの友達か?
「違うわよ。ツンデレ、最初はツンツンしてるけど、仲良くなるとデレデレしちゃう、っていうことよ」
 いや、良く分からん。
「属性なんて言葉は知ってるくせに」
 何故お前がその話を知っている。
「ほら、私たちは毎晩同期してるもの」
 ……いや、別に何も想像してないぞ。想像しそうだけどな!
 というかほら、って何だ、ほらって。そんなこと知らないぞ。
「まあ、いいわ。今日はこんなところで許してあげる。でも、次までに予習しておくこと」
 どうやって勉強するんだよ、そんなもの。
 その質問には答えず、朝倉はさっさと部屋を出て行き、長門もその後を追うように出ていった。
 まあ、いいか。長門が渡してくれたクッキーを…っうお。なんだこれ、しょっぱいぞ。
「あ、そうそう。ツンデレの特徴として、料理が下手、とかあって塩と砂糖間違えるっていうのも定番だから、やっておいたわ」
 いちいち戻ってきてそんな説明だけするな!
 やれやれ、とんだ一日だった。