ここに入るのは何ヶ月ぶりだろうな。記憶の中で、すぐに思い出せるのは長門に連れられて、あの延々と電波な解説を受けたときくらいだ。うむ、本当に懐かしい。
さて、ここまでで賢明な諸君は分かってくれたであろう、最近休日出勤が多すぎる俺の現在地。中心に綺麗に置かれたテーブル、というか目に入るのがそれしかない質素の極み、長門の部屋である。
で、なぜここに居るかは俺も知らん。「うちに来て」と電話が来ただけで、「うん」とも「いや」とも言う前に切れたからな。
で、今日も俺の向かいに座っているのはもちろん長門、そしてきっと長門を操っているんじゃないか、そうとしか思えない、そしてまた何か企んでいるにやにや笑顔の朝倉涼子、その人である。
悪い予感の釣竿だけがさっきからびっくんびっくんと大物の予感。正直言おう、もう帰りたい。
「ダメよ」
途端に目が鋭くなる。ああ、ナイフなんかなくてももうこれで人殺せるんじゃありませんか。直視したら石化でもしそうなので、視線を横の長門に流す。
こちらはこちらで、いつもの無表情でこちらを見ている。う、こっちはこっちでまた見づらい。仕方ないので、虚空をさまよわせる。
「今日来てもらったのは他でもないわ」
すまん、呼び出された理由が検討もつかないんだが、他でもないとはこれ如何に。
「長門さんが料理を作るから試食してもらいたいの」
……ああ、なんていうか、こう、毎回コメントに困ること、してくれちゃったりするのでしょうか。言葉おかしいぞ、俺。何故、俺が長門の料理を食べなけれ…、いや、いいんだぞ、別に。食べたくないわけじゃない、それどころか食べたいぞ、しかし、展開というものがだな、
「そんなの、あってもなくても変わらないでしょ。食べるのは一緒なんだから」
それはごもっともで。
「えー、あー、まあ、なんだ。別に構わないけどな」
「お昼御飯はまだ食べてないでしょう。ちゃんと時間を見計らって呼んだんだから」
ああ、朝起きるの遅くて、そろそろ飯でも食うかという頃に電話がかかってきたからな。昨日の夕飯から何も食ってないぞ。
「よし、じゃあ長門さん、やるわよ」
「待って」
む、どうしたんだ?長門。
「私一人でやる」
「あらあらまあまあ」
なんだ、そのセレブなおばさまが自分の愛犬が初めて芸をしたところを目撃したような驚き方は。
「そうね、そうよね。長門さん、うん、がんばって。本はちゃんと置いてあるから」
長門にウインクして寄こす。長門は両目をぱちりと閉じて、台所に向かう。
…もしかして、ウインクしたつもりだったのだろうか。
「なあ、朝倉」
「何?」
長門の料理が終わるまで、何もやることがないので、とりあえず朝倉に聞いてみる。
「突然どうしたんだ、今日は」
「何って、昨日のドキドキ☆ツンデレ大作戦が失敗したから、リベンジよ。名付けて、料理も作れるのよ☆乙女ちっく大作戦よ」
そのネーミングセンスはなんだ。
「あら、いいじゃない。普通すぎるのもおもしろくないじゃない」
だからといって、聞いたほうが恥ずかしくなるような名前は困る。
ああ、あとそういえば実希はどうした?
「本屋に行ったわ。休みの日はよく本屋とか図書館とか行ってるから」
と、電子レンジの音がして、同時に朝倉が顔をしかめる。どうした?
「おかしいわね…電子レンジ使うものなんかなかった気がするんだけど…」
大丈夫なのか?
「長門さん、だいじょ、」
「大丈夫」
朝倉が立ち上がりかけた瞬間に即答。脳内アラームがフェードインし始める、これはやばいぞと。
「…長門は一人で料理したことあるのか?」
「………」
何か言ってくれ、マジで。
「ほら、私が作ってる横で、何かを切ってとかはあるけど、一人では…」
SON組の組室でもその光景はたまに目にするが、完全に一人で作るのは初めて。これはますます脳内アラーム、ボリュームアップだ。それも今度は徐々にではなく大幅増加、うなぎ上りの鯉の滝登りである。
その後、それを裏付けるかのようにガシャーン、「ボウルをシンクに落とした」、ガシャーン、「フライパンがマグカップに当たった」、ピー、「また電子レンジの音が…」、…。
「できた」
そうですか、できてしまいましたか。
気分はさながら処刑台、それも一番乗りである。朝倉がさっきから食べろ、食べろと目線を送ってくるわ、長門のいつもより1割増しくらいの熱い視線があるからな。
ああ、食べるさ、食べてやるさ。腹も減ってるからな!
「いただきます」
ちなみに、今日の献立は「日本和風で攻めるわ」ということで、御飯、味噌汁、筑前煮、鮭の塩焼きである。朝食用であるが、俺も確かに朝は取ってないし、丁度いいはずだ。
………しかしだな、御飯はまあ普通としよう。味噌汁の色が明らかに濃い、筑前煮は一部焦げている、鮭の塩焼きといいながら、これは塩包み焼きじゃないかという塩の量。音と動作から脳内アラーム鳴りっぱなしだったが、ここに来て最大音量、もう全身を駆け巡るね。
味噌汁を一口…う、やっぱり濃い。
筑前煮、なんかカリカリしてるぞ…。
鮭は…塩味しかしない。塩をかなり避けているはずだが…。
「ああ…まあなんだ、初めてならこんなもんじゃないか」
無難。
「え……ええ、そうね」
引きつり笑いの朝倉。冷や汗すら出てない。「うん、でも、ちょっとだけお味噌汁、味噌が多かったかな、っても思ったり、ね?」
「適量、というのが分からなかった」
長門の場合、分量が何グラム、というのならきっと数ミリグラムとかの誤差で計量するだろうが、「塩 少々」「醤油 適量」など分量がないものは、分からなかったというわけか。通りでこの量…。
「おいしくないかもしれない」
いや、まあなんだ、
「全部私が処分する。二人は何か別のものを」
「ううん、大丈夫」
皿を下げようとした長門を止める朝倉。
「長門さん、がんばったもの。ちょっと失敗したくらい、いいじゃない。今度は一緒に練習しましょ」
「ああ、そうだぞ、長門。最初から一人で全部上手くなんかできないんだ。それに、食えないわけじゃないしな、ほら、この筑前煮なんか、新感覚だが意外にいけるもんだぞ。創作料理でも手を出してみたらどうだ」
そう、決して明らかにダメとかそういうわけではない。これはお世辞とかではなく、この味噌汁は水をもうちょっとと、それに伴って出汁を加えればおいしいだろうし、筑前煮も煮込みすぎなければ、味からしてかなりの期待ができそうだし、鮭だって塩がこんなにかかってなければおいしかっただろうと思う。
本当に、少しずつ何かが間違ってるだけ、それだけだ。
「長門、お前は絶対すぐに上手くなるから。それまでずっと俺が試食してやる」
「………」
そうだな、風呂の入浴剤の裏に書いてある効能、成分辺りまで読むのに十分な時間待って、もしかすると…いやなんでもない、
「そう」
その時、自分の分を食べている長門がどんな気分だったかは分からない。「やっぱりおいしくなかったか」と思ったか、「こんなにおいしいのに、みんなはおいしくないと言う」と思ったか。
しかし、大丈夫さ、すぐにみんなを納得させるくらいのものが作れるようになるさ。俺をもっと驚かせてくれよ、長門。
晩、帰ってきた実希にもそれが振舞われたが、何事もなかったように食べた、とは朝倉談。あいつ、味覚大丈夫なんだろうか。