定食屋で食事を済ませて、一路最終目的地へと向かう。
「キョンのせいで結局こんな時間になったじゃない!」
勝手に人のせいにするな。お前が最後に頼んだパフェを完食するまでに時間が掛かったのがいけないんだろうが。
「まあまあ、いいじゃないかっ」
鶴屋さんがいつもの八重歯を見せる笑顔で俺たちのケンカを止めに入る。まあ確かにこのまま言い合いしていたらもっと時間が無くなるな。
昼食終了の時間が思った以上に遅くなってしまい、紅葉を見ていられる時間が1時間強と迫っていた。これじゃゆっくりしてもいられないな。
それから15分、つまり予想していた10分よりは5分オーバーで観光用の場所へたどり着いた。ここに来るまでの道より一段と人が多い場所もあるが、綺麗に見える場所はそんなにいくつもあるわけではなく、人の集まっている場所は限定されていた。
「綺麗……」
朝比奈さんがぼうっと辺り一面の紅葉を見ながら溜め息を漏らす。未来にはこういう紅葉は無いんだろうか? そもそも朝比奈さんの時代では手付かずの自然とかが残ってるのかもよく分からない。
さて、しばらく紅葉を楽しんでいた一行だったわけだが、食事を済ませた後にはどうしてもそれなりに起こってくる感覚があって、それは生理現象であるため止められないのである。
丁度すぐ傍にそれを行える場所を見つけて、
「ちょっとトイレ行ってくる」
「全く、デリカシーの無いやつね」
それは人間の構造をそうやって作った神様に言ってくれ。俺に言われてもどうしようもない。
ハルヒは呆れ顔で俺の背中に向かって、
「先行ってるわよ」
「ああ、分かった」
ここは順路が看板にして書いてあり、それが至るところに置いてあるためにまず迷うことは無いだろう。そう考えて何気なく答えた。このときは先に何が起こるかなんてことは知る由も無かったし、気づいていたら間違いなくあんなことにならなかった。
俺は全員と別れてトイレへ向かった。厄介ごとに巻き込まれるまでおよそ30分前だ。
用事を済ませて、順路に戻る。まだそれほど遠くに行ってないだろう。どうせ戻ったらうるさいハルヒのせいで日本の秋らしい風景を楽しむことも出来まい。それまで少し1人で紅葉を楽しんでも、罰は当たらないよな?
俺は歩くスピードを遅くした。そして十分目に色づいた葉を焼き付ける。
さすが観光地として機能しているだけあって、赤や黄色の綺麗に染まった木が植わっている。最近ゆっくりしてないし、こういう時間はいいもんだな。
かといっていつまでもこうしてはいられない。ハルヒのやつが大体どんなことを言い出すかは分かっているし、せっかく癒された気分が台無しにされたら困る。俺はハルヒたちに追いつこうと歩幅を少し広くした。
しばらくして2つの道の分岐点があり、その中央に順路を示す看板が置いてあった。俺はその順路の通り、右側に進もうとして、何気なしに見た看板の裏側に紙が挟んであるのを見つけた。誰がこんなところに挿したんだ。
このときその紙がなんであるかを確認せず、そのまま順路の通りに進んでいけばおそらくハルヒやいつもの顔ぶれに出会うのもそんなに遠い話ではなかっただろう。だが俺はそうしなかった。
なぜならハルヒはその時々で順路通りに行かない可能性があるからで、宇宙人かそれに似た何か面白いものを見つけて順路ではない方へ歩き出した可能性があったからだ。それで俺が間違って順路と同じ方へ行かないように、誰かがメモを残してここに挟んでおいたという筋書きが容易に想像できた。
俺はその紙を引き上げ、その文面を読んだ。
『順路と逆に来い』
男の字でそう書かれていた。随分命令口調だな。字からして古泉だろうか。男は他に1人しか居ないしな。
人間の脳内というものは一度確定した妄想を頭の中に描いてしまうと、それを払拭するのは非常に難しい。固定観念にとらわれた回答者がクイズにさっぱり答えられないのと同じ原理だ。
よく考えてみればあのハンサム面が一度も敬語を使わないときは無かったことに気づいたはずだった。誰相手にだって必ず敬語で、それはあいつの表情の基本形である笑顔と同じで絶やすことは無かったんだからな。もちろん俺とあいつだけしか居ない時でもそうで、つまりこの紙はあいつが書いたものではないと結論付けることが出来たはずだ。
けれども俺はそうは考えずに、いくらなんでもこんな書き方はねえぞ、後でとっちめてやろうと思いながら紙片をポケットに仕舞い、順路と逆方向へ歩き出した。いや、歩き出してしまった。