はてさて、下校中の別の高校生達と共に電車に揺られて10分ほど。目的地である大森電器店が存在している商店街へそれからほどなく到着した。別の電器店でも良かった気がするんだが、一応顔を知っているし話しやすいだろうということもあり、また割と位置的にも近い方からである。
 ハルヒへの恨み言は置いておくとして、素直に電車に揺られてそこまで行く俺も俺だ。ま、暇なのは確かだし、ハルヒに食って掛かったところで何の解決にもならないことは重々承知だから仕方がないからな。我ながら物分りのいい人間である。都合よく使われやすい人間とも言えるが。
 さすがに12月にも入るとめっきり冷え込んで、まだ日が見えている位置にあるというのにもはや風が冷たくなっている。太陽もさすがに冬場になると北風に競り負けるようだ。いつものことと言えばいつものことだが、コートを制服の上に着れない学校ではもうちょっと暖かい日があってもいい気がするな。ただでさえ部室でこう、ぬくぬくと生活しているとこういう日にはそのまま家に帰っちまいたくなる。
 それにしても、うちの学校に報道部や新聞部みたいな活動をする部活が無くてよかったとつくづく思うね。いつもの部室の状況を思い出す。もし大々的に報道されたら、今までの外面がいっぺんに剥げちまうわけだから、身震いをしたのはおそらく寒さだけのことじゃないだろうな。
 なんといっても今の部室はほとんど人間の生活空間みたいな状態だ。というか長門の部屋と比べて、どっちに人が住んでいますかと尋ねた場合、9割方部室の方を指すに違いない。比較対象があまり良くない気もするが。
 そんなものが奇跡的に見つからずに現在に至る理由はなんだろうね。ハルヒや長門がきっちりと戸締りをしているからだろうか。廊下側の窓は磨りガラスだし、逆側は運動場だのプールだので直接覗けないからな。
 だけれども、それだけで本当に気づかれないものだろうか。裏金問題が発覚するように、思っているよりも目や耳がどこにせよあるはずだ。全くばれていないわけが無いと思う。
 そうすると至る結論はただ1つ。
 未だハルヒの人間的異常性が脳裏に焼きついていて、近づきたくない。怪しいことをしているかもしれないが、なるべく傍に寄りたくない。というか関係を持ちたくない。そういう感じだ。
 これならもし仮にあの部屋に気づいていても、とやかく言われない可能性は大だ。逆恨みしたハルヒに殴りこみに来られたら逆に暴露した人間が追い込まれちまうかもしれないしな。そんなことをしなければいいのだがハルヒのことだ、ほぼすると見て間違いないだろう。
 ……待てよ、それよりもハルヒのことだから開き直って「何が悪いの? 部室は自分達が使いたいように使ってもいいでしょ!」とかさも当然のように、新商品のプレゼンがごとく喋りそうだ。あいつが開き直った時は誰も手の付けようが無いしな。
 ってことは新聞部とかがあっても、あそこは現状維持ってことになりそうだな。
 そんなこんなを考えながらふと店の並びに目をやると、おっと、目的地を少々通り過ぎてしまったことに気がついた。考え事の方に気を取られていたようで、慌てて引き返し今度こそ電器店へ。入り口に人影が見えないので、少し奥へ入って、声を掛けてみる。
「こんにちは」
「……ああ、やあ、君かい。久しぶりだね」
「ええ」
 電器店の店主であるオッサンはまだ顔を覚えていてくれたようだった。商店街には何度か足を運んだが、ここに来たのは下手をすると、ヒーターを貰いに行ったあの時ぶりになるかもしれない。いや、間違いないな。しかし覚えているとは、ハルヒがハルヒであるし、それなりにあいつはこの辺りを足繁く通っているらしいから、繋がりで覚えていてくれたのかもしれないね。
 もちろんあいつがこんなところを歩いているのは買い物もあるのだろうが、ある程度やましい気持ちがあるに違いない。長い付き合いとは言い切れないが、嫌と言うほどハルヒの側近をやらされた俺が言うんだから確かだろう。活動的でも、非活動的でも最終的には何か起こさなきゃ気が済まないようだ。
「そういえば映画の方はどうしたんだい?」
 ハルヒの脳内なんか知ったことではないが、ここでそんなことを言ってられないので、
「今年は……どうやら映画を作っていないようで、おそらくDVDか何かにするんじゃないですかね」
「そうかい、そうかい」
 かなり適当に答えたのだが、特に気にする様子も無くオッサンは皺を寄せた柔和な笑顔を見せる。逆にこの笑顔にハルヒがやっていることに後ろめたささえ感じる。それを払拭するように脳内をクリーナーで洗浄していると、
「それで、今日は何の用だい?」
 向こうから本題に入ってくれた。
「そうでした。ええと、ポットが欲しいんです」
「ふむ、ポットね……電気ポットのことでいいんだね?」
「そうです。あまり高くないのでいいんで」
 たかが部活で使うものだから、そんなに高価なものじゃなくてもいいだろう。それに高すぎると、「こんなに高いもの買ってきてどうするのよ!」とハルヒが、捨て猫を拾ってきた子供に返してきなさいと言う母親のような表情をする可能性がある。そう考えても、そんなに高いものは買えないな。
「何人くらいで使うんだい?」
「えーと……、8人ですね」
「8人か。とするとこれは小さすぎるし……これが手ごろな値段で、いいんじゃないかな。お湯を沸かすだけしか昨日が無いけれど、その分安いからね」
 確かに値段を見ると、樋口一葉1枚でおつりが来るくらいのものでありながら、容量はちゃんと8人同時にまかなえるくらいのものだった。もちろん俺はそれを躊躇うことなく選ぶ。電器店の店主であるオッサンが選んだもんだから、素人が選んだものよりは間違いはないだろうし、どうせハルヒのことだからそんなところにこだわりなんか無いだろうさ。
「じゃあお願いします」
 古びたレジでお金を払って、商品を抱える。
「大丈夫かい? 結構重いけど」
「ええ、大丈夫です。ヒーターも無事に持って帰れましたから」
 店主は目を細めて、また「そうかい」と何度か頷いた。
「それではありがとうございました」
 俺は一礼してから、もう1度ポットの入った箱を抱えなおし、一路部室へ向かった。