さて、現在地を説明しておこう。我々、というか俺と長門の二人だな、が居るところは、ここのプールの一番の人気アトラクション”スプラッシュ・スライド”である。
うねうねと蛇行を繰り返している流水プールから少し離れ、聳え立っているその高さは、さながらチョモランマのよう、と先ほど煽り文句が階段の入り口、つまり滑り台への上り口に書いてあったが、なるほど、1段目まであがるのに既に螺旋階段を4回ほど周り、もう一つの高い場所はあと5,6回は上らなくてはいけないという、確かに運動不足の俺にとってはチョモランマ登頂だな。
他にも子供用プールがこの大型滑り台を挟んで、その奥に存在し、ごく普通の50mプールがその隣に隣接するように存在している。全体的にはこの室内、かなり横に長い。この大きさも「この都市最大」という謳い文句が付くという。まあ、とにかくすごくでけぇ、ってことだな。
最初は1段目の方でいいよな、と長門に聞くと「2段目」と即答、一蹴されたので、仕方なく2段目まで上がっているのである。長門は華奢なのに元気だよなぁ、とか年寄りくさいことを考えていると、数段先を上ってはこっちを見て、待っている長門が目に入り、ああ、分かってる、急ぐから。
階段を上る途中、何人か子供が戻ってくる。「怖い、怖い」といいながらな。そこまで高いのか、上は。
「はい、こちらが当プールの最大アトラクション、”スプラッシュ・スライド”となっております。ここまで上ってきて、怖いなと思った方、もう一つ下の階、低い滑り台もございますので、階段を戻ってお楽しみください。また、高所恐怖症などで上がってきてはみたけれど、戻るのが怖いという方はお申し付けください。専用のエレベータがございますので、下までご案内します」
最上階にたどり着くと、水着の女性がこの大型滑り台の説明をしている。ここまで上がってくるはいいが、何人も帰った人が居るんだろうな、エレベータまで付けてあるとはさすがだ。丁度、今一人大泣きしてる少女がそのエレベータで戻るところだ。
いや、それもそのはずだ。こりゃ……高い。
眩暈が思わずするほど高い。普通にここからコンクリートに落ちたら、打ち所とか関係なく即死間違いないだろう。プールに落ちればまた別かもしれないが、かなりの衝撃を受けること、請け合いである。下は見ないようにしよう、うむ。
まあそのためだろう、人気と言う割には人はまばらで、いや、でも一つ下の段は結構人数が居たな、最初はそこが最上階まで続く列だと思ってなんつー列の長さだと思ったものだが、とにかくあまり待たずに俺達の番が回ってくる。
施設の女性が笑顔で俺達を促す。
「では次の方。安全のために先に滑った人が下に着いたのを確認してから出発をお願いします。…あら、兄妹で来たのかな?怖くない?お兄ちゃんと一緒がいいかしら。ばらばらに行くと危険なので、妹さんはお兄ちゃんにしっかり抱いてもらって一緒に滑ってね」
…兄妹に見えるのか、俺達は。長門は無表情にこくりと首肯する。いいのか、それで。
ってちょっと待て。抱いてもらってとはどういうことだ。俺が抗議する間もなく「さあこちらに座ってください」と。長門も目で「早く座って」と訴えかけてる気がするし、ええい、ままよ!
ゆっくりと滑り台の入り口に座ると、ひざの上に長門が。えーとだな、俺はどうすればいいんだ。
「おなかの辺りを抱きしめてあげてください。途中で離してはだめですよ。それと、下に着いたらすぐにプールから上がってください、安全のため次の方がプールから上がったことを確認してから滑るようにお願いはしていますが、万が一のため、ご協力お願いします」
ええ、分かっていますとも。そっちについてはよく分かっていますとも。しかしですね、別の思案する事項があるんですよ。
控えめに長門の腹の辺りに腕を回すが、
「もっとちゃんと回してあげてください」
背後から施設の女性がぐいっと腕を掴んで、長門を完全に背後から抱きしめた格好となるまで腕を回させ、鼻腔を長門の匂いが充満する。うう、これは嬉しいやら恥ずかしいやら。
「ちゃんと準備できましたか?」
はい、と言うや否や、
「では、いってらっしゃーい」
背中を押され滑り台スタート。
「うおおぉぉぉ……」
風圧をもろに受け、思わず腕を離しそうになるが、長門ががっちりと両手を掴んでいるお陰でなんとか離さずに居る。まあお陰で、長門を抱きしめているとか、そういうことが全部吹き飛んだ。
「……て」
な、なんだ、長門…。かすかに長門の声がする。
「姿勢を…倒して」
せ、背中をつければ、いいのか?
「そう」
ゆっくりと背中をつけると、おお、なんだか体にあまり力を感じないぞ。代わりに、下を流れている水が耳に入りそうになる。おっと、危ない危ない。
「体を起こしていると、速度が上がったときに風による圧力を受けやすくなる。だから体を倒した方がいい」
そういうことなのか。
「その代わり速度が上がる」
それは、まずい気がするぞ。
「大丈夫。そこまで計算されて作られていると説明書きに書いてあった」
それならいいんだが。
…いや、しかしだな、大分落ち着いたせいか、今度はまた長門の存在を傍に感じるようになって、吹き飛んだはずの恥ずかしさがまた戻ってくる。
そうか、これは修行なんだな。煩悩退散、煩悩退散……。
そんなことをやっていると、一番下の大きなプールにどぼんと飛び込む。
数十秒くらいだったはずだが、入り口の説明文には40秒くらいと書いてあった気がするね、ここまで数時間ほどかかったような気分だ。
なんとか、「下に着いたらすぐにプールを出る」という言葉だけを覚えていたらしく、なんとかプールから抜け出る。プールへのダイブのときに離れた長門は、自力で先にプールから出て、俺を待っている。
「ふう…なかなか楽しかったな」
首肯。
「じゃあ、次どこか行くか?そうだな、普通のプー、」
くいくい。水着が控えめに、ひっぱるのはやめなさい。せめて腕をだな。
「…もしかして、まだ滑るのか」
こくり。
「……俺もか?」
こくり。
「…………分かった」
この後、3度長門の滑り台に付き合わされた。施設の女性はあらあら、仲のいい兄妹だことといった表情で、段々と笑顔が増していっていたし、ああ、天国なのか地獄なのか、はっきりしてくれ。