元来、正月三が日から店を開けているのは非常に少なかったらしい。家族全員が家の中で過ごしていて、おせち料理を食べるのが日本の習慣だったという。
けれども今はそうでもなくなったようだ。個人商店は開いていないところもあるが、大型スーパーは軒並み門戸を開いているし、コンビニも休んでいる店舗は見当たらない。
とはいうものの学校はこんな時期に開いているわけが無い。冬休みはまだ終わってないからな。教師だってさすがにまだ休みだろう。
しかしながらハルヒにそんな世の中の常識なんていうものは保険の長ったらしい約款みたいに欠片も鑑みる気はなく、お陰で俺はこうして校門をよじ登って学校の中に侵入しなきゃいけないわけだ。三が日の最終日はまだ町にいる人の姿もまばらで、侵入する姿を誰にも見られずなんなく成功したのが救いといえば救いかもしれないな。
徐々に慣れつつある無音の学校を上履きの音だけ響かせて歩いていると、文芸部兼SON組の組長の背中が目に入った。
「よう、長門」
声で初めて俺の姿に気づいたようで、ゆっくりと振り返る。その両手には数冊のハードカバーを大事そうに抱えていた。どうしたんだ、その本。
俺の顔と自分の手元にある本上を視線が往復してから、
「文芸部室から持ってきた」
と返答。
文芸部室? 文芸部もこんな時期から部活してるのか?
長門は「違う」と即答し、上着ポケットから人形付きの鍵を取り出して俺に見せた。キーホルダーの人形はさておき、鍵の方の形状には見覚えがある。そいつは1年ほど前までハルヒがいつも持っていたからな。
「ああ、文芸部室の鍵を借りてたのか」
俺が納得すると、長門は首を横に振った。
「スペアキー」
「スペアか」
「そう。返却の義務を忘れず執行することができるなら、いつでも入って持って行っていいと言われている」
まあ一応文芸部員だしな。いや、基本文芸部員で一応SON組の組員という方が正しいのか?
しかし思うんだが、こういう部室の鍵っていうのは職員室に置いておくものだよな。なんでハルヒや長門は個人で持っているんだろうか。
というかSOS団のときは確か職員室まで返しに行ってなかったか?
およそ1年ほど前の雪に変わってもおかしくないような冬空の下、団長であるハルヒから直々に命令を受けて初めての暖房器具である電気ストーブを貰いに行ったあの日、ハルヒ自身が「鍵を返しに行かなきゃいけない」とか言っていたと俺の記憶は答えている。
そりゃそうだ、部室の備品を勝手に誰かが持っていってはまずいからな。職員室に鍵を掛けて、一括で鍵を保管しておくもんだろう。
だがハルヒ然り、長門然り、最近は勝手に部室の鍵を持って帰っているらしい。おそらくこの事実は教師も知っているだろう。いいんだろうかねえ。それとも完全に無視を決め込むつもりか。
ああ、そういえばずっとハルヒの言動に注目ばかりしていて忘れていたが、この1年くらいでかなり周囲環境が変わったよな。
俺たちの学年は元々9組まであったはずなのに、9組は空き教室になっていた。そしてその部屋に目をつけたハルヒがSOS団を転居させた上に、名前も変えてメンバーを増やしてつくったのが今俺が居るSON組だったはずだ。
ここでの生活に溶け込んじまってて忘れかけていたが、今一度考えてみると何かおかしい。9組はどうして無くなっちまったんだ? 実は何かまずいことが既に1年前に起こっていたんじゃないのか?
「キョン、何してんのよ」
突然のハルヒの声で我に返る。よく見たら長門は既に自分の席に座って持ってきた本を開いていて、すぐ目の前で俺をまな板の上で暴れる魚のように見ているハルヒを除く他全員も不思議そうな顔で俺を見ていた。
――まだ新年始まってすぐなんだ。こんなことを考えるのはやめておこう。どうせ今年も山ほど周囲の頭を、特に俺を悩ませる事件がハルヒの手によって起こされるんだろうから、冬休みの間くらいは頭を休憩させてやるのもいいだろ。1年前に始まってたんなら、今日明日にどうにかなる問題でも無いだろうし。
「いや、なんでもない」
「どうせみくるちゃんの新しいコスプレの注文でも考えてたんでしょ。どうせなら地球温暖化を食い止める方法でも考えなさいよ」
いつもUFOだ、宇宙人だともっとどうでもいいことばかり考えているお前に言われたくは無い。というか朝比奈さんのコスプレはまた変わるのかよ。ちなみにクリスマスまで着ていたサンタの服装から、既に元のメイド服に逆戻りしている。
さて今日何故ここに全員をハルヒが集めたかといえば至極簡単な理由であって、「部屋の中で遊ぶことに飽きた」という一点に尽きる。つまりテレビゲームも、ボードゲームも遊びつくし、まだ遊び足りないからもっと遊ぼう。それにはそれなりの場所が必要だ、ということらしい。
学校には去年遊んだ正月の遊び道具が揃っているし、長門の部屋よりは広いからいろいろできるだろうと踏んでのことだろうが、そのためだけに部員全員を学校に不法侵入(校門が閉まっているからこう表現するべきだろう)させる顧問っていうのは部活動としてどうなんだろうね。本当の教師ならば、下手すると懲戒解雇モノだと思うが。
ハルヒはさっそく去年の『正月遊び道具箱』になっているみかんのダンボールからいろはかるたを取り出し、
「畳の上に広げられないし、こたつをどけるのも面倒だからこのまま上に広げちゃいましょ。実希、みかんの籠、あっちにどけといて」
「はい」
素直に実希は籠を持って長机の上へ置きに行って、その間にハルヒが絵が書いてある方を満遍なく広げ置いた。満足する配置になったのか、
「んじゃ朝倉さん読んで」
とハルヒは朝倉に読み札の束を渡した。受け取った朝倉はこほんと1つ咳払いをしてから、札を順に読み上げ始めた。