おかしい、既に部室に居ると思ったんだが。
帰りのHR終了のチャイムが鳴ってからすぐにハルヒは教室を飛び出していったのに、何故か部室にはハルヒの姿はなかった。聞けば長門が部屋の鍵を開けたわけではなく、ここに来たときには既に開いていたという。
ということはここに来て鍵を開け、然る後にまたどこかへ飛び出したんだろう。扉が半開きになっていたらしい、というのがその様子を物語っている。
しかしその行き先は? およそ見当もつかん。
なんというかそこはかとなく嫌な予感がする、というよりも嫌な予感しかしない。ハルヒは姿を見せているときにはこっちが頭痛を催すくらいのことをやってくれるが、居なければ居ないでまたどこかで騒ぎを起こしていないかと心配してしまう。居ても居なくても迷惑なやつだ。
そうは思いながらもこの部活でルーチンワークになっているようなものは皆無であり、結局は適当に何かを見つけて遊ぶことくらいしかないので、本さえ読めればその位置はどうでもいいという実希と古泉の場所を交代してもらってから久しぶりにオセロを古泉と向かいでやっていた。相変わらず古泉はアナログゲームには滅法弱いせいであまり勝負にはならないのだが、まあ時間つぶしには最適だ。
俺の白い石が緑の板の上を綺麗に揃えてしまった辺りでハルヒはやっと戻ってきた。いつぞやの紙袋と同じのを引っさげて。
「遅れちゃったわ、ごめんごめん」
ますます嫌な予感がする。それはどうやら俺だけではなく、特に朝比奈さんの視線はハルヒに強制連行されたあの日に戻りつつあった。
そう、忘れるはずがない。
高らかに今とほとんど同じような言葉を笑顔で歌うように告げて登場し、部屋の鍵を閉めたと思ったらSOS団結団に伴う所信表明とか書かれた紙切れをその場にいた俺と長門、朝比奈さんに渡して、それを読みきりうんともすんとも言う前からハルヒはこれを校門の前で配りにいくとか言い出したんだよな。
そしてそのときの服装は既に用意されているとか言って、紙袋から黒いウサギの衣装、もちろん色っぽいあの衣装を効果音と共に取り出すのだ。
「じゃじゃじゃーん!」
そう、こんな風に……っておい!
「なんだそれは!」
「見たら分かるでしょ。っていうか前も持ってきたし」
「んなもんは分かってる」
ハルヒの手に握られていたのは、まごうことなきウサギの耳を模したヘアバンド。いわゆるウサミミである。その後から次から次へ出てくるものを見て、朝比奈さんの表情は一瞬に蒼白へ転じる。
そして朝比奈さん、とうとうかたかたと震えだしたぞ。よっぽどあのときのことは心の古傷になっているんだろう。それを抉られているようなもんだから当たり前といえば当たり前だ。
「またそれ着て学校内をうろつくとか言うんじゃないだろうな」
そんなことになったら今度こそ朝比奈さんは登校拒否にでもなって、学校に来なくなるぞ。それどころか完全な引きこもりになる可能性もある。そんなことは断じてさせん。
しかしハルヒはため息をついて呆れ顔をつくり、
「着るのは着るけど、別にどこかへ行こうって訳じゃないわ。せっかく新しく1着手に入ったから、3人で来て記念撮影でもしようと思ったわけ。ほら、写真部からいいデジカメ借りてきたし」
新しく1着って、またバニーガールの衣装を追加で買ったってことか。なしてこの時期にバニーガール?
「いいじゃない。そろそろみくるちゃんもそのメイド服にも飽きてきたでしょ。ていうかあたしが飽きた」
本音が漏れてるぞ、おい。
さらにデジカメを借りてきた? またパクってきたんじゃないだろうな。コンピ研みたいにこの部屋に突撃してくるようなことにはならないでくれよ。
「大丈夫よ。ちゃんと返すから。さすがに結構高そうだし」
パソコン1台だって10万はするだろうが。お隣さん、ではもうないが、あそこはいいのかよ。
ハルヒは自分にウサギの耳を装着し、それからすぐに隣で座っていた朝比奈さんににじり寄る。
「さあみくるちゃん、うさぎさんになろうか!」
「ひ、ひええええええ」
「ちょっと待て」
「何よ」
向かいに座っているハルヒをどうにか押しとどめて、俺は尋ねる。実に不服そうな表情だが、これは聞いておかねばなるまい。
「まあ校内の晒し者にされるわけじゃないようだから着替えることだけはいいとしよう」
というか俺には止められない。止めたってこいつはやるんだろうし、俺だってもう一度朝比奈さんのそんな姿をこの目で再び拝めることに苦言を呈するようなことがあるわけない。
「晒し者じゃなくて、あれはれっきとした宣伝活動よ。ホント、教師はそういうところが分かってないから駄目よね」
どう見たってあれは、一般人の思考能力からすれば水商売の客引きにしか見えなかったっての。お前の思考回路が間違いなくおかしいんだよ。
「ってそんなことはまあいい。問題はそこじゃない。お前、さっきもう1着買ってきたって言ったよな」
「言ったわよ」
「誰が着るんだ?」
「それなのよ」
ハルヒは朝比奈さんを掴んでいる手を離して、そのまま顎に当てて考えるポーズ。
「後3着手に入ってれば全員に着せることもできたんだけど、さすがに高いからね。さすがに3着は厳しいわ」
どちらにしても、そんなにバニーガールの衣装ばかり揃えたって、ここでカジノでもやるわけじゃないんだからな。どうせなら朝比奈さん用の新しいコスプレ衣装を追加してくれる方が個人的には嬉しいぞ。
「で、考えたんだけど、いつもみくるちゃんばかりじゃおもしろくないわけよ、こういうの」
おもしろい、おもしろくないっておもちゃじゃないんだっての。こいつは相変わらず上級生への配慮というものが欠如しているよな。
まあいい、それでどうするんだ?
「いつもこういうのとは無縁そうな人間にしたいわけ」
そしてハルヒがじっと見たのは、俺の隣で本読みの真っ最中である――
「有希、あなたが着なさい」