「さあ、ここが露天風呂です」
「結構大きいですねー」
 古泉に案内されて来た露天風呂は、脱衣所が木造の脱衣所が隣接され、銭湯の男女を分ける壁くらいじゃないかと思われるほど高い木の柵で女風呂が囲まれていた。
「源泉から直接ここまでポンプでくみ上げています。いつも掛け捨てですから、好きなときに好きなだけ入っていただけますよ」
「よーし、みんな入るわよ!キョン、覗いたら死刑だから!」
 覗かないっての。
 脱衣所で服を脱いで外に出る。外に雪が残っているくらいだから、正直寒い。早く湯船に入りたいものだ。
 軽く体を洗って、湯船に浸かる。ふぅ……、となんともジジくさい声が出るが、出ちまうもんはしょうがない。それくらい気持ちいいってことさ。
「なかなか広いでしょう。たまに入りに来たりするんですよ」
 まさか、こんなバスで揺られて2時間の場所へ、たまに入りに来るってことはないだろう。帰りのバスの中で湯冷めすること間違いない。ということは、機関の会議でもここでやって、泊まっていくのか。まあ、よく分からん。俺には関係のないことだ。
「そうか」
 とりあえず相槌は打っておく。
 すると、すぐに壁の向こうで騒ぐ声。ハルヒ達が入ってきたんだろう。
「こんな大きな湯船は初めてね。これが温泉かぁ」
 朝倉の声。ああ、そうか、長門や朝倉のような有機アンドロイドは、温泉はおろか、露天風呂なんかは初めてだろう。
「広くて気持ちいいねー」
「妹ちゃん、はしゃぎすぎよ」
 さっきからばしゃばしゃと音がしているのは、広いからって泳いではなかろうか。
「でも、広いと泳ぎたくなるのも分かる気がするね!あたしもちょいと泳ごうかな!」
 やっぱりか、て鶴屋さん、もうお風呂で泳ぐ歳じゃないですって!
 ばしゃばしゃという音がもう一つ増えて、本当に泳ぎだしたみたいだ。全く、あの人は大人なんだか、子供なんだか。
「うぷっ、やったわね鶴屋さん、えい!」
「うわー、やられたー」
「長門さん、体洗ってあげる」
 向こうは随分と騒がしいな。
「気になりますか?」
「随分はしゃいでるようだからな。あまりはしゃぎすぎると、近所迷惑だ」
「大丈夫ですよ。ここから一番近い民家で1kmは離れています。それに、今回旅館は貸切にしていますから、迷惑する人は居ませんよ。あなたも、もっと肩の力を抜いて、楽しんではいかがですか?」
 まあ、古泉の言うとおりではあるかもしれん。
 大きく伸びをする。そうだな、最近は休憩する暇もなく、あれやこれや考えすぎた。ちょっとくらいのんびりさせてもらっても問題なかろう。
「やっほー、キョン君」
 …と思ったが、そうも行かないらしい。
「こら、そんなところに登っちゃいけません」
 あろうことか、妹が木の柵のてっぺんまで登っていたのだ。誰か止めなかったのか。
「あっというまに登っちゃって、止める暇がなかったんですー」
 朝比奈さんの声。
「キョン君、キョン君。一緒にお風呂入ろー」
 いい子だから、ゆっくりそこから降りてお姉ちゃん達と遊んでなさい。
「えー」
 えー、じゃありません。いいから、すぐにそこから…。
「降りなきゃだめ」
 …よじ登ってきたらしい。妹の隣に長門。
「あ、長門さん。ほら、キョン君だよ、キョン君」
 俺は動物園に入ってきたばかりの客寄せパンダとは違うぞ。
「ここは危ない。だから降りなきゃだめ」
「えー…うーん、分かった」
 渋々ながらも頷く我が妹。すまなかったな、長門。
 降りようとしたその直後。突如、二人の体が揺らぐ。いや、正確には長門がつかまっていた柵が揺らいだ。
「はえ?」
 咄嗟に長門が妹を抱きしめ、倒れてゆく柵の一つに掴まる。危ない!
「有希?!」
「長門さん!」
「長門っち!」
 柵の向こうからも悲鳴に近い声が上がる。スローモーションのように二人の体が倒れ、柵ごと高いしぶきを上げて男湯へ突っ込む。
 とりあえず俺達が居るところまで突っ込んでこなかったので、こっちは大丈夫だが、長門と妹は大丈夫か!?
 数秒の後、ゆっくりと立ち上がる二つの影。
「私は大丈夫」
「ぷはーっ!…ちょっと怖かったけど、私も大丈夫だよ」
 だから危険だと言っただろう。
「うう…ごめんなさい」
「特にケガはなかった。これからは気をつければいい」
 まあ、それはそうなんだが。
「これからはさせない」
「うん、これからはしない。で、キョン君、一緒に入ろ?」
 お前はまだそんなことを言っているのか。
「いえ、どちらにしてもですね…」
 古泉が呆れ顔。それもそのはず、崩れたのは男湯と女湯を隔てていた柵であるから、必然的に…。
「キョン、こっち見るな!」
 はいはい。
 結局その後は、妹を連れ長門が女湯の方へ戻り、俺と古泉は柵の方に背を向けて湯船に浸かることとなった。体なんか最初に洗っただけで、ゆっくりと洗いなおす暇なんかなかったね。女性陣が上がるまで俺と古泉は温泉から上がれず、少しのぼせるくらいに満喫させてもらったよ。
 全く、今くらいはのんびりしよう、と思ったところで出鼻を挫かれた。まあ、SON組に居る間は無理な話なんだろう。
 空を見上げると満天の星。山の方で冬だから空気も澄んでいるんだろう、いつも以上に星が見える。いいじゃないか、簡単には体験できないこと、十分やってるんだ。
 ただ、たまにはのんびりさせてもらったって、バチは当たらないんじゃないか?天高く輝くオリオン座にそんな問いかけをしてみた。無論、答えが返ってくるわけがなかったがね。