風呂に入り、食事も終わり、そろそろ就寝。
なのだが、何故か桐の間に全員が集合していた。そろそろ寝たいんだが…なんだ?
それぞれ浴衣姿に着替え、長門もご満悦の様子。似合ってるぞ、長門。
「枕投げするわよ」
……すまん、何だって?
「ま・く・ら・な・げ!」
「もうそんな歳じゃないだろうが。それにだな、風呂の柵も壊したんだから、少し自重というものをだな」
「あれでしたら、すぐに治りましたよ。いやあ、まさかよじ登るなんてことを予想していませんでしたから、強度的には軽い風雨に耐えられる程度にしか作っていませんでした。食事中に修理が終わって、今度は人が数人同時に登っても倒れたりしないような作りになったらしいですよ」
仕事が速すぎる。世の中の大工さんもびっくりだぜ。
「枕投げという案は非常に良いと思います。ただし、この部屋では障子や押入れの襖などがありますから、枕投げなら別の部屋を用意いたしますよ。枕投げ専用部屋を、ね」
キザな笑顔で古泉が言う。そんな枕投げ専用部屋がある旅館なんか聞いたこと無いぞ。
「それなら、ここが初めてかもしれませんね。お客さんの要望で、専用の部屋を作って欲しいという案が出たために作られたらしいです」
「それは素敵ね。普通の部屋だとどうも全力出せなくて困るし」
いや、お前はいつでも本気だろう。つーか、逆に全力出されると、被害者への被害が甚大になることこの上ないので、少々自重気味でやってくれる方が個人的には事後処理がラクでいいんだが。あの野球の時の全力ストレート気分で枕を投げられたら、直撃した方がやってられん。
フロントで古泉が「枕投げ部屋を」と言うと、新川さんが「少々お待ちください」と一礼してから席をはずした。しばらくして帰ってきた新川さんは、キーが置いてある中から「ではこの鍵を」と古泉にルームキーを手渡す。
キーに付いている文字に目を向けると、「枕投げ部屋 1号室」と書いてある。1号室?
「同時に複数のお客様が枕投げを希望されたときのために、複数用意しているんですよ。3号室まであった気がしますね」
その分、宿泊用の部屋に回せよと言いたくなるが、いつも何を考えているか分からない古泉の上司の考えることだ、きっと俺が逆立ちしつつヒマラヤ登頂したって理解できんだろうな。
「ここです」
桐、梅のように名前が書いてある場所に枕、と表記されたその部屋の扉を開けると、そこは他の宿泊用の部屋より若干広く、襖や障子がなかった。そして、既に人数分の布団が設置完了。
枕投げ専用部屋とか言うから、大きなホールみたいなのを想像していたんだが、全然違うんだな。
「枕投げは基本的に部屋でやるものです。安全性を高め、かつ他の部屋と差異があまり無いようにしなくては、醍醐味になりませんしね」
ある意味こだわりですよ、と付け加えて古泉。こだわりね、どうでもいい気がするがな。
「何言ってるの。最高よ、こういうのを待ってたのよ」
待ってなくていい、待っていることを予想して作らなくて良い。
「さあ、やるわよ」
やる気満々だよ、こいつは。ここまで来た時点で分かっていたっちゃ分かっていたんだがな、この目は獲物を狙う鷹だか鷲だかの目だ。
部屋に入って、それぞれ配置に付く。といっても、ハルヒが決めたんだがな。
お陰で俺はハルヒの目の前の、なんだか学校と変わらない配置になってしまった。ハルヒから一番離れたところで布団でもかぶって寝ようかと思っていたんだが、そうも行かないらしい。まあ、寝ていたら寝ていたで、総攻撃を受けそうな気がしなくも無いが。
「準備はいい?」
良くなくても、良いとしか言いようがない。
「じゃあ、電気消すわよ」
「待て」
何を言い出すんだこいつは。
「何よ。電気消した方がおもしろいじゃない。誰が誰に攻撃したか分からないのよ。思う存分やれるわ」
それが本音か!
「ああ、あと浴衣がはだけるのも困るし」
「うふふ、おもしろそうね、それ」
こっちにも賛同者が。お前の笑顔は、ハルヒの笑顔以上に危険だ、朝倉。
「で、でも、見えないといつ枕が飛んでくるか分からないので、受け止めることもできませぇん」
朝比奈さんが必死に止める。俺も味方ですよ。
「あっはっは。でも真っ暗の方がスリリングさっ」
「私は構わない」
「私もどっちでもいいです。適当に投げればいいだけでしょうし」
しかし、反対者は残念ながら2人以上に増えない。
「いや、しかしだな。うちの妹がお前の全力枕投げなんぞ食らったら、脳震盪でぶっ倒れるかもしれん。やはり、ここは通常の枕投げを、」
「妹ちゃんは私の後ろで、適当に投げてもらえばいいわ」
これはもうだめかもしれんね。
「じゃあ、準備は良い?」
もう勝手にしてくれ。
カチッ、という消灯の音が合図となり、枕投げが開始されるわけだが、消えて目が慣れぬ内に顔面に枕の応酬を3発もらった。ただでさえ1発でも結構痛いんだが、明らかに方向からして、ハルヒ・朝倉・実希の三位一体攻撃、それも示し合わせたようにほぼ同時で、こいつら!
さすがに全力投げは大人気ないので、まずハルヒが居たところに向かって、ある程度の手加減をしつつ足元の枕を投げる。しかし、とすんという音がむなしく響くだけで、ハルヒには当たらなかったらしい。
「へっへーん。もうそんなところには居ないわよ!」
声のした方から風切る枕の襲来音。そうはいくか!
しゃがんで、よし避けた、と思った瞬間もう一つ同じ方向から。2つも持ってたのかよ。
「あら、残念。私でした」
朝倉、お前か!
投げ返そうとするが、足元の枕が既に無い。
「えい」
えい、とか無表情な掛け声を掛けて俺に2連射を浴びせたのは、長門の妹的存在、実希であろう。お前ら、実は見えてるんだろう。なんかからくりがあって俺だけ見えてないとかな。
それ以前に、この3人は共闘連盟でも結んでいるのだろうか。さっきから俺ばかり狙われてる気がするんだが。
「あっはっは、そーれ」
また新しい枕が。いい加減に、
「えーい」
…朝比奈さんまでですか。
「おい、一人を集中攻撃するのはアリなのか?」
「というよりは、キョンが動いてないから当てやすいだけよ。枕投げの基本は、その場を逃げながら、いかに上手く弾を充填するかよ」
ハルヒは続ける。
「ここは戦場よ。気を抜いたら一瞬でやられ、った!」
声が止まる。
「……やったわね、キョン。みんな、総攻撃よ」
「おー!」
俺じゃねえ。おー、じゃねえ!
「すぅ、すぅ……キョン…覚悟しなさい…むにゅ」
枕投げ戦争は数十分に渡り繰り広げられ、ハルヒの「はい、終了終了」という声と共に明かりが付いて終了、疲れたせいか布団の中に潜って寝始める面々。部屋へ戻れ、部屋へ。
「こういうことも想定して、複数の枕投げ部屋が作られているわけです」
寝ているのは俺、古泉、長門を除くメンバー全員。これらを俺達だけで運ぶのは少々荷が重い。
「それにしてもだな、最後の総攻撃はかなり痛かったぞ」
「まあ、涼宮さんの話中に投げるから、仕方がありませんね」
「投げたのは俺じゃないぞ」
「え?では誰が…」
「私」
声は意外なところから。
「長門、お前が投げたのか」
「そう。声が聞こえるところに向かって投げた。涼宮ハルヒ本人が言った通り、戦場で気を抜いた方がいけない」
…まあ、そうかもしれんが。
「でもあなたに攻撃が行くのは予想外だった」
俺には想定内だったさ、あのタイミングでは。
「タイミング………分かった、今度からは気をつける」
何が分かったのか俺にはさっぱりだが、まあいいか。にしてもこれからどうするんだ。
「まあ、みんな寝てしまいましたし、このまま寝ましょう」
いや、いろいろとまずいんじゃないのか?
「まずいことをするのでしたら、運びますが」
「まずいことって何」
気にしなくて良いぞ、長門。何も無いからな。
…寝るか。
「そうしましょう。では、電気を消しますね」
「ああ、頼む」
布団の中に潜る。今日は随分と体力を消耗した。ゆっくり寝られるといいんだがな。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
目を閉じると、すぐに良い感じで睡眠欲が刺激され、最初のノンレム睡眠へ、藁をも掴もうとする溺れる者といった感じで引きずり込まれていった。