温泉旅行の2日目、日曜日だから最終日だったんだが、これといったハルヒの暴走もなく、平穏無事に全員が帰宅。1日目は大騒動だったし、結局疲れが取れた感じはしていないが、まあそれでもある程度羽を伸ばせた、といったところか。
その後、行きと同様2時間バスに揺られ、この中でハルヒが「あ、卓球するの忘れたわ!また今度やりましょ」などと言っていたのが非常に気がかりではあるが、既に見慣れて来たSON組アジトへと帰還。
いつも礼儀正しい紳士とメイドの組に、頭を下げると、ハルヒの「じゃあ、今日はコレでおしまい!明日からまたここに集合よ!」とのお言葉を受け、めでたく解散となった。
「おもしろかったねー、キョン君」
確かに飽きなかったのはある。せっかくの温泉旅行、もうちょっとゆっくりさせてもらいたかったものだがね。
「あ、そういや有希ちゃんがね、浴衣を貰ってきてたの。いいなー」
「いや、それは無いだろう。たまに旅館のタオルを持って帰ったりする御仁が居るのは知っているが、さすがに浴衣はないぞ」
もちろん、タオルだって持って帰って良いわけが無いんだが。
「えー、でも、有希ちゃんバスの中で見せてくれたよ?森さんに言ったら「どうぞ」って言われたって」
マジか。まあ、良いって言われたんなら良いんだろうが、何故そんなものを持って帰ってきたんだろうな。振袖を着たこともあるはずだから和服が珍しかった、というわけでも無いだろうし。
あの有機インターフェース隊を含め、SON組の面々はいつも何を考えているか分からないところがある。いくら近くの池に斧を放り込んだところで、中から「あなたが落としたのは金の斧ですか?」なんて尋ねてくる女神さんが出てこないのと同じで、こういう問答に答えが出てくることなど、そうそうあるもんじゃない。
よし、思考終了。
そんなことをしている間に我が家が見えてきて、妹が先に走り出す。こけるなよ。
「ただいまー」
扉を開けて玄関に腰掛ける。と、ほぼ同時くらいに電話が鳴った。なんだ、こんな時間に。
電話に出てみる。
「あ、出た出た」
朝倉の声だった。なんだ?何か忘れ物か?
「忘れ物は忘れ物だけど、旅行の話じゃなくって。明日までに提出のアンケート、まだ出して無いでしょう?」
すまん、さっぱり記憶に無い。提出したかしてないか、以前にそんなプリントがあったかすらが。
「あなただけよ、まだ提出してないの。さっき帰ってきて思い出したの。明日、朝一に足りない分を受け取ってから提出してくれって。だから、今から持ってきて」
今からこの寒い中を来いと?
「だって、あなたのせいなんだもの」
返す言葉もございません。分かった、まずプリントがあるか探してみる。
「お願いね」
ガチャンと電話を切り、急いで自室へ。
アンケート用紙?そんなもんどうでもいいじゃないか、とか思ったりするんだが、あの朝倉涼子のことだ、もし持っていかないなどと言おうものなら「うん、それ無理♪」とかいって、あの日の再現になりそうで、いやいや、あんな生と死の淵を行ったり来たりする体験はもうごめんだ。
かろうじて鞄の隅にそのアンケート用紙とやらを発見し、なんだよ、この教師についてのアンケートって、まあ適当に書いちまえ、と適当に丸をつけまくり提出準備が完了する。
4つ折にしてポケットに仕舞うと、実はあそこがヒューマノイドインターフェースの総本山だったりしないだろうな、朝倉や長門が住むマンションへと自転車を飛ばした。
時間が時間であるから、少しだけ目を瞑ってもらおう、ということで玄関近くに違法駐車。玄関口のボタンで505と押す。玄関口はオートロックで、こちらからは開けられないため、朝倉の部屋に直接連絡し、開けてもらうというわけだ。
「俺だ」
「あ、今開けるわね」
オートロック解除、ドアオープン。
5階まで階段を登って505のナンバープレートがかかった部屋のチャイムを鳴らす。出てくるまで外を見ていると、暗闇の中に色とりどりの光があちらこちらに点いている。そういや、あのモノクロ世界から戻ってきて久しいが、本当にこういうときの夜景は非常にカラフルで綺麗だと思う。あの世界はどう転がっても好きになれそうに無い。
ガチャリという音と共に扉が開かれ、朝倉が顔を出す。既に寝る準備をしていたのか、パジャマ姿が随分と似合っていて、そういえば谷口美的ランキング上位であることを今更ながら思い出す。
「寒かったでしょ。お茶くらいは出すから上がって」
「いや、出してさっさと帰ることにする。まだ飯も食ってないしな」
「あら、残念ね」
玄関口で会話していると、後ろから長門。本当にもらってきたんだな、浴衣。
「というか、長門は何故浴衣姿なんだ」
「なんか気に入っちゃったみたいで」
「理由が分からん」
「着脱性に優れていて、運動時の束縛がほとんどない。ただし、防寒性に優れない。改善の余地がある」
それだけで貰ってきたのか。
「あと、長門さん、それ着てると温泉に行った気分になるからかな?」
「そう。」
ああ、そういうことか。確かに長門は、2日目は居なくなったなと思っていたら、いつの間にか温泉に入っていた、ということがあった。そうか、随分気に入ったんだな、温泉。
帰りのバスでハルヒがまた行くとか言ってたし、その時にまた楽しめばいいさ。
浴衣は動くとはだけるからな、風邪引かないように気をつけろよ。
「分かった」
とりあえず、出すものは出しておく。これで良かったよな?
「…うん、ちゃんと名前も書いてあるし。大丈夫、受け取っておくわ」
「じゃあな、長門、朝倉」
軽く手を上げて玄関まで戻るまでの道。
温泉好きの対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース。うむ、いいんじゃないか?ついでに、全インターフェースに緑茶好きでもつけておけば、完璧だと思うね。