「キョンくん、早くぅー!」
「分かったからもっとゆっくり歩きなさい」
母親からの買い物を頼まれて、ただ怠惰に怠惰を重ねていた俺はその暇をどうにか摘んでやろうと散歩ついでに外へ出ようとした。靴を履いて扉を開け、いざ往かんとした丁度そのとき、ベストタイミングで自分の部屋から出てきたんだろう、階段をぺたぺたと歩いてきた妹に見つかり即座に拿捕された。俺はその追尾を振り切ることもできず(物理的な意味ではなく、精神的な意味とか近所への外面的な意味だ)にこのハルヒとはまた違った意味合いで元気の塊を連れて商店街へ向かわざるを得なくなった。
というわけで妹と2人、2駅行ったところの馴染みある商店街へ足を向けることになった。この時期の商店街は入学・卒業シーズンである上に今日は休日1日目であるためか、そこらここらでお祭り騒ぎのように人の列ができていた。残念ながらそのどちらも関係ない俺たちはそれらに気をやる必要もない。さっさとやることだけ済ませて終わらせよう。のんびり気ままに散歩、なんて状況じゃないからな。
「あーっ、あそこにお饅頭があるよー!」
だからどうした。
「食べたい、食べたい、食べたい!」
大切なことでもないんだから3回も言うんじゃない。いや、こいつにとっては大切なことなのかもしれないが。
とにかくそんなものを買う金は預かっていない。俺の懐も世情における円高の煽りを受けて、というわけではないが財政難に陥っていて、前から買おうと思っていたゲームも諦めなきゃいけなくなりそうだからな。そんな余裕はないぞ。
「ちぇー、ケチ」
ケチで結構だ。
「家に居れば何か食えただろう。いつもおやつが入ってる棚にはまだたくさん残ってたはずだ」
「おうちにあるものじゃなくてああいうのが食べたいんだもん」
それなら母親が買い物に行くときについていけばいいだろうに。どうして俺が買い物に行くときばかりついてくるんだよ。もしかして自分に甘いからすぐに買ってくれると思われているんだろうか。
おやつを買ってもらえずにいささか不満そうな妹を連れて必要なものを購入。レジで金を払うとレシートとは別に紙切れ2枚を貰った。なんだこりゃ、とその紙をひっくり返して書かれている文字を読むと大文字で『抽選券』と読めた。
「あちらで抽選会をやっております」
レジ打ちの女性は営業スマイルでそう言った。年度末の売り尽くしに貢献、ってところかね。
説明書きによるとどうやら抽選券1枚につき1回抽選ができるらしい。2枚あるんだから2回できるな。
「ねえねえ、キョンくん。ちゅうせんけんってなぁに?」
もう小学校5年生になろうという妹はまだ抽選という言葉を知らないらしい。俺は商店街の一角に作られている抽選用特設会場を指差し、
「くじ引きなら分かるだろ。あれのことだ。あそこにある木の箱を回して、出てきた玉によっていろいろ貰えるんだ」
「何が貰えるの?」
「それは知らん」
行ってみれば分かるだろうよ。どうせ抽選の期限は明日までだ。これだけのために明日また来る気にもならないし、かといって捨てるのも惜しい。こういうのは帰る前に使っておくに限るな。
妹を引き連れてその会場へ行くと、青いはっぴを着たオッサンが威勢のいい声で、
「さあさ! 年度末の大抽選大会! お買い物1000円に1回抽選ができて、なんと空クジなし! お金とクジの回し時! 抽選券がある人はすぐに抽選をやっていって頂戴!」
とか叫んでいた。俺はそのオッサンに近づいて抽選券を2枚見せる。
「あいよっ、2枚だね。お嬢ちゃんとで1回ずつやるのかい?」
「お願いします」
んじゃまず手本を見せるから見てろよ。
特にこれといった変なものが商品にあるわけではなく、1等が有名携帯ゲーム機本体だった。ま、さすがにこれは当たらないだろうな。
ハンドルを握ってガラガラとクジの本体を一度左右に揺らし、ぐるりと1回クジを回した。出てきた玉は……青。
「おっ、幸先良いね! 3等、図書券2000円分だ!」
なんともはや、当たるとは思わなかった。隣で物欲しそうに俺が受け取った図書券を見ていた妹は意を決して、抽選委員とでもいうんだろうか、その人が持ってきてくれた台の上で俺の真似をしながらくるくるとクジを回した。が、出てきた玉は白だった。7等、最低位である。
「キョンくんだけずるーい」
「抽選はそのときの運なんだから、仕方が無いだろう」
とにかくここに居たら次の人の邪魔になるからさっさと帰るぞ、と言いかけて次に並んでいる人に詫びを入れてからその姿を見、俺は意表を突かれた。
「あ、有希ちゃんだ」
「珍しいな長門、こんなところで会うとは」
「……」
ぐらりと頭を前に傾けて一応挨拶のつもりだろうか。
それからいつも見慣れた無表情のままに抽選券をオッサンに差し出して、クジを1回回した。まあ挨拶も終わったしその場を立ち去っても良かったんだが、せっかくだから長門の結果を見てからでもいいかなと、少し離れてその様子を見守った。
――結果、金色。一等だ。オッサンがこれ以上ないくらいの破顔で置いてあったベルを鳴らしまくった。
あっさりと最高賞を手に入れた長門は、「おめでとう!」と抽選委員だけではなく、その次に並んでいたオバさんからも褒め称えられていたのに全く動じず、何の感慨もなさそうに携帯ゲーム機を受け取っていた。ちょっとくらい喜んでもいい気がするが、長門がそれでうちの妹みたいにぴょんぴょん飛び跳ねているのも想像できんな。
「いいなー、有希ちゃん」
こちらに近づいてきた長門の手に収まっているものを見て、我が妹は本当に羨ましそうに呟く。
「……何を貰ったの」
「これー」
白いポケットティッシュ。街中で配られているのと違って、広告の紙が入っていない。それ以外は同じだ。
考える様子も見せず、長門は持っていた箱を妹に差し出した。
「交換」
「え、いいの?」
ちょっと待て。いくらなんでも金銭的価値がポケットティッシュとゲーム機じゃ違いすぎるぞ。
「構わない。私は使わないから」
「ありがとう、有希ちゃん!」
躊躇い無く貰う妹も妹だ。少しはためらいというものをだなあ。小学校通ってる子供にそんなことを説いても意味がないか。
……仕方が無い。
「2000円だが、図書券だ」
「これはあなたの」
「残念ながら俺はお前みたいに読書家でもなく、勉強家でもないから買う本は無い。だから受け取れ」
これでもまだ10倍近くの借りになりそうだが。
図書券の入った封筒を徐に受け取った長門はしばらくそれをじっくりと見てから、
「分かった」
そして、できればここくらいは笑顔だったら良かったんだけどな。
「ありがとう」