ハルヒは、笑っていた。それも大声で。お陰で違う意味で他の人に注目されちまった。
「言ったわね、ぷぷっ……」
 目の端ににじむ涙。それは悲しいのを押し殺したのではなく、笑いすぎて出てきたんだと即座に理解した。
 やられた。
 さっき肩を震わせてたのはそっちだったか。てっきり本気で泣き出すかと思って、いや泣き出されなくて少し安心しているのはあるかもな。もちろんだまされたという気分が最高位に来るのは間違いないが。
「こうやったらあんたが自分から言うと思ったからね。あー、本当にすっきりした」
 こっちは最悪な気分だよ。イメージ的には頭痛と腹痛を併発した挙句に複数の病院でたらい回しにされた感じだ。ぐうの音も出ないとはこのことだな。
「そもそもあたしはあのときのキョンの行動を許してるわけじゃないんだから。これくらいされて当然よ」
 笑っていた目を吊り上げるハルヒ。俺がやったのも当然だと思うんだが、前言ったとおりこいつには分からない場所で起きているんだから、今のこいつに何を言ったって無駄だよなあ。
 ハルヒは梅雨時の数日振りに訪れた晴れ間を見上げたような顔で解せぬことをぬかしやがった。
「ちゃんと言質も取ってあるし。いいわよ、出てきても」
 言質? それに出てきてもいいって……まさか。
 周りを見るとそのまさかだった。再び、やられた。
 忙しく出入りする人の間から姿を現したのは、もう見飽きたくらいに見慣れた顔ぶれだった。よく見りゃ全員集合してるじゃねえか。帰ったんじゃなかったのかよ。
「いやー、すみません。涼宮さんにこうするよう言われまして」
 ビデオカメラ片手に優雅な手つきで髪をかき上げる古泉に苛立っていると、
「ご、ごめんなさい、キョンくん」
「まーまー、硬いこといいっこなしさっ」
 先輩2人がなだめる様に言ってきた。鶴屋さんは、こういうのは何だが、楽しそうだからと悪乗りしても納得できるところがあるが、朝比奈さんまでこれに加わっていたとは。とはいってもハルヒに言われたら朝比奈さんも断れないよな。多分だけど。
 そして残りの3人。
「お前らもだったんだな」
「長門さんの家に呼んだときから、ね」
 少しだけ済まなさそうに、朝倉は俺へウインクを寄越す。
 そんな前から、ってそりゃもうなんとも言えないな。あの谷口、国木田と遊んだ帰りに会ったのも狙ってたんだな。
「あれは本当に偶然よ。とはいえあのときじゃなくても最終的にはあなたを呼び出すつもりでは居たのだけど」
「……あなたを欺いたことには反省している」
「すみません」
 長門姉妹も仲良く、いつも通りどこまでも起伏のない表情のまま頭を下げる。
 いや、いいんだ。脳髄の辺境地でそんな気がしなかった訳でもないからな。
 俺のちょっとした行動だけでハルヒがここまでするとは思えないよな、やっぱり。こいつはそれよりも俺を引きずり出してきてやかましいくらいに説教を続ける方がお似合いだ。自分が楽しいことをそうそう諦めるような人間ではない。
 後はあれだ。だけ、って訳じゃないが朝比奈さんがあまりに驚かなさ過ぎた。俺とハルヒがモノクロ世界に放り込まれてから戻ってきたときとか、カマドウマを目の前にしたときの取り乱し方を考えれば、ハルヒが激怒していたならば少なくとも震え上がって俺に「早く謝った方がいいですぅ」とかアドバイスしてくれるだろうし、古泉がいつものニヤケから真面目モードへの移行を幾度となく見ることになったはず。それが皆無だったことを考えれば、この結果は穏当なものと言えよう。
 然れども今更後出しじゃんけんみたいにとやかく言うのは結果を誤魔化す占い師と同じだ。結局言うべきはやられたという言葉に尽きるな。
「これでキョンはSON組として一生雑用として働いてもらうことが決定したわね」
 今までもそうだったからな。あれをしてもしなくても大して扱いは変わらん。
「んじゃ、まずはキョンの奢りでカラオケでも行きましょ」
 ……金足りるかなと財布を開いてみると、そういえば花見のときにどうなるか分からないってんでお金を結構入れてきたんだった。手持ちがないなら「お金がない」とハルヒの無茶を追い返せただろうが、なんとまあタイミングの悪い。
 それでもどこかで安堵している自分が居た。またSON組の一員として、涼宮ハルヒ率いるこいつらと共に生活をすることに戻ったということに。
 やれやれ。どうやらぬるま湯につかりすぎて頭がイカれちまったらしい。こんなことを思うなんてな。
 やめるのはいつでもできる。もうちょいあいつに付き合ってやろう。今より粗末な扱いになることはほとんどなさそうだし。