翌日。俺たちは幽霊騒ぎがあった小学校の校長室に呼ばれていた。
 こう言うと、あの廃校舎侵入で呼び出された、って方がしっくり来そうな気がするが、なんといってもハルヒが中心だしな、安心したまえ、そうではなく昨日の首尾を報告しているといった次第だ。
「…というわけで、実は子供のいたずらだったということです」
「ふむ、分かった。ありがとう」
 50くらいに見えるその校長は、ハルヒの説明に聞き、頭を下げた。
「確かに、そういう生徒が居たのは覚えているよ。そうだな…もう6年以上前になるんだなあ」
 その日々を思い出しているような遠い目を始める。
「その頃は私もまだ教頭でね。確かあの頃はまだ4年だったかな、教室から彼女がよく父親であるその教師に休み時間に会いに来たりしていたね。彼は困ったような顔をしていたけど、まあ可愛い娘さんだ、邪険にもできずに、相手をしてやっていたよ。近くだった私の椅子をたまに貸していたりしたこともあってね」
 ほとんど白くなりつつある顎鬚に手をやりながら、校長の表情が少し悲しそうになる。
「ある日、隣の小学校に届けなくてはいけない書類ができてしまって、届けに行く人を探していたんだ。その時、快く引き受けてくれたのが彼だったんだ」
 その時に…。
「赤信号で突っ込んできたトラックにはねられてね、病院に搬送すらされなかったらしい」
「そんな…」
 朝比奈さんが泣き崩れ、嗚咽を漏らしながら泣き始める。他の面々も沈痛な面持ちだ。
「それから少しして、隣町に引っ越すという話を聞いたよ。あれから、あの娘さんには会ってなかったが…そうか、ここでお父さんを待っていたなんてねえ」
 もう帰って来ない大好きな父親を待ち続け、その間に彼女は何を思ったんだろうか。待つのをやめてしまったら、もう帰ってこないと認めてしまうことになる。それが怖くて、いつまでもいつまでもあそこで待ち続けたんだろう。
 一人であの大型地震が来れば瞬時に瓦礫と化してもおかしくない教室で、じっとじっと窓の外を見ながら、憂い顔で父親を待っている。そんな姿が目に浮かぶようだった。
「今でもたまに思うんだよ。あの時、彼に頼まなければ良かったんじゃないかって」
「それは違う」
 長門が口を開いて、思わずみんなが注目する。
「この世に起こることは全て必然。有機生命体は、起こることの確率の低さで、それが実現したときに「偶然」と言う。でも本当は全てが必然。あなたがその人に頼んだのも、引き受けたのも、事故に遭ったのも全て必然」
 淡々と、いつも通りの無表情。いやちょっと違うな、ただの無表情じゃない、長門なりの何かを表情を持っているんだろう。ただ、表面上ではなかなか分かりづらいが。
「だから、頼まなければ良かったと言うのは、あなたが逃げている証拠」
「……そうだね、そうかもしれない。あれはただの偶然だったと、信じたい自分が居るのは確かだ」
 苦笑いを浮かべ、校長が言う。
「逃げては駄目。その人はきっとあなたを恨んではいない。それが運命、必然だから。だから逃げては駄目。起こったことから目を逸らしては駄目。きっと、そう望まれている」
「ああ……そうだね。ありがとう」
 涙しながら長門に深く礼をする校長は、きっぱりと言った長門を、罪を償ってくれる神と見たか、罪を裁く地獄の門番と見たか、俺にはわからない。ただ分かったのは、校長が長門の言葉で少しだけ、救われたように見えたということだけだ。

「なんか、悲しい話だったわね」
 ハルヒが呟く。ああ、確かに。幽霊騒ぎだと思ったら、とんだ事件に巻き込まれたもんだ。
「あの子、元気になるといいですね」
「そうだね。いつか、きっと本当に笑えるときが来るさっ」
 本当にそう信じたいものです。
 ハルヒたちの後ろで俺と古泉が付いていく。昨日はどっと疲れたな。
「幽霊探し、と言われたときは驚きましたが、結局そっちの方面では何事も無くてこちらも胸を撫で下ろす次第ですよ」
 まあな。にしても、隣町からこんなところまでだ、かなり寒いだろうに、赤くなってかじかんだ手に息をかけながら、それ以上に赤いランドセルに工具を入れて背負って…。
 ランドセル?
「…………」
「どうしました?」
 突然立ち止まった俺に古泉が聞く。
「なあ、古泉。俺の聞き間違いかもしれない。だからお前にも聞きたい」
「ええ、構いませんよ」
 先頭集団はどんどん離れていく。
「あの校長、6年以上前に少女が何年生だって言ってた?」
「4年生の教室から、と言っていましたから、4年生だと考えるのが妥当でしょう」
「小学校4年から6年間経ったら、ランドセルは背負うか?」
「……………背負いません、ね」
「それにだ。最初の幽霊騒ぎから2度目の幽霊騒ぎまでには4年のブランクがある。隣町からその2年間も毎日、あの子が通ったとは到底思えない」
 俺と古泉は幽霊騒ぎの旧校舎が存在する学校を振り返る。なんだか、この構図、あの孤島のときと同じパターンな気がするが。
「だからおかしかったんだろうな。最近あの温泉に行ったはずなのに、露天風呂が無いとか」
「ええ、6年前なら確かに存在していなかったはずです」
 本当に終わってみれば不思議な事件だった。彼女はもうあの旧校舎で、父親を待つことは無いだろう。結局のところ、彼女が幽霊であるのかどうか断定する材料は存在しないから分からない。
 が。もし、彼女が救われたのならばこのSON組も、意外と悪くないんじゃないかと思った。
「キョン!さっさと来なさい!」
 もうちょっと、付き合ってみるかね、この集団に。