しかしいくら進んでも見えるのは味気ないコンクリの壁のみ。歩きながらトンネルの壁を見ていと、染みや欠損の位置はちゃんと変わっているから進んではいるらしい。でもなんだか本当に歩いているのか、俺が見ているこの壁ももしかしたらCGか何かで作られているんじゃないだろうかと疑ってしまう。
 ハルヒは出て行けたんじゃなかったのか? まさか俺が見失っている間に逆側にワープとかなんとかしてたってのか? なら何故長門に会って話をしている間に同じ方向に姿が見えない。長門がこっちへ行こうと指差したのを見たときにはハルヒの姿は無かったはずだ。
 唸りながら考え込んでいると、袖を引かれる感覚があった。見れば清涼タブレットを同時に数粒食べたみたいな目がじっとこちらを見つめていた。そういや事情を後で説明するって言ってたんだっけ。なのに俺がじっと動かないし、説明もされないしで、さすがにアクションを起こしたと、そういうことかね。
「あー、なんつーか、どこから話せばいいか」
 このまま歩いていると詳しい事情を説明する時間は生まれてきそうにない。ならば今この時点で長門に説明した方がいいんじゃないだろうか。というかむしろ先に説明すべきじゃなかったか。長門ならこういう状況を打開する方法を思いつく可能性は俺から比べりゃ土星とシロアリくらいに差がある。
 俺はハルヒと共にここへ入ってきたこと、入ってから2人でトンネルを抜けようと歩いていたが出られなかったこと、ハルヒが1人で俺たちがさっき向かっていた方向へ進んで行って、俺が長門に肩を叩かれるまではハルヒが見えていたが、再び振り返ったときには既にハルヒの姿は見えなくなっていたこと。覚えている範囲でできるだけ事細かに伝えた。
「っつーわけでさっき長門が来た道を引き返そうとしたときに止めたのは行っても元に戻れないと分かってたからだ。分かってくれたか?」
「分かった」
 少なくともハルヒがここに来たとき、トンネルを前にしていたときまでは確実に、RPG的なステータス画面には好調を示す言葉が表示されていたに違いない。入ってからは単調に続くコンクリの壁に辟易し始めていたようだから調子には一気に不調へ転じた言葉が並んでいたに違いないが、だったら尚のことこんなところに留まる理由は無い。
 だったら誰がこんな状況を作りやがった? 製作者が居たら静かに手を上げて名乗り出ろ。そいつは1ヶ月間くらい無人島生活にご招待だ。もちろん着の身着のままでな。
「とにかく出口を探さなきゃいけないんだが。長門、何かいい案は無いか?」
「……」
 まだ考え中のようだ。そうだよな。さすがに英知を集結させたような情報統合思念体が作った人間型の自立タイプの人造人間だとしても、こういう状況においそれと対応できるわけではないだろう。まずこの環境を分析したりして、然る後にそれ相応の対応をするんだろうな。今時のスーパーコンピューターだって円周率の計算はまだ終わっていないんだから、いくらなんでもすぐに答えを期待するってのは酷だよな。それまでは俺もできるだけ考えてみよう。
 ハルヒの姿が見えなくなったってことは2つのどちらかの場合しか考えられない。
 1つ目は言うまでもなく、このトンネルから出られた場合だ。米粒大くらいになってからまだ先に歩いて、俺が長門の方を向いている間にどうにかこうにか出ることができた可能性もある。現実的には視覚情報から察するにそんな距離はありえないが、ここから出られるという意味では十分か。
 だがハルヒからの連絡も無いし、俺たちが結構歩いたのに出口に近づいている様子が無いことからして、これはおそらく無いんじゃないかと思う。
 もう1つ。これも既に述べてあるようにこのトンネル内が何故か両端が繋がっているループ構造になっていて、歩けども歩けどもハムスターが回す滑車のように狭い範囲を周回しているという可能性もある。壁の染みを1つ1つ完全に覚えているわけではないから、同じだと気づいていない可能性もある。
 とりあえずこいつかどうかを調べるには壁に印でもつけておけばいいだろう。んで歩いていて、同じ記号を見つけたらそれは戻ってきたってことが分かるからな。
 いやいやさっきの2つ以外にもまだ可能性は残っているか。実はこのトンネル、見たところは普通だが異世界と繋がっていて、その別世界へと移動するときに時間とか光とかすっ飛ばすというか、それに近づこうとしているというか、そんな理由で近いように見えているだけで実はものすごく遠いとか。
 そして気の遠くなるような長さを歩いた後に冬眠から目覚めた熊のような面持ちで外へ出たら見たことも無いような生物や機械が町中を埋め尽くしているなんてのも。
 普通なら「何言ってんだ、夢を見るのは寝てるときだけにしておけよ」と笑いごとで済ますことができるのだが、いかんせんハルヒの傍に居るとそれが結構な確率でギャグでも何でも無くなるのだ。既に何度も実体験を繰り返している俺が言うんだから間違いない。
 じゃあこれらのどれかに当てはまっているとして、俺たちがここを抜け出すには何か方法があるのか? ハルヒからの連絡がなけりゃあいつが外に出られたのか、それともまだこの薄暗い空洞内を徘徊しているのかもわからない。
 というかそもそも携帯繋がるのか? 電波がトンネル内に届かないとかそういう意味ではない。今時、地下鉄内ですらモノによってはアンテナが心許ないレベルではあるものの立つときもあるらしいし、昔は完全に使えなくなっていたGPSなんかもトンネル内で途切れにくくなっている。科学の進歩は凄いね。
 と、そういう物理的な話ではなく、この空間が俺たちがいつも生活しているごくごく普通の3次元空間と同じように電波が伝わるかって話だ。歩いても歩いても外に出られないトンネル。そんな中で携帯の電波を飛ばしたとして、外まで届くのはいつになることやら。いやいや、いつか届けばまだいい方だ。全く届かない方がよっぽど頷ける結論になろう。
 ならばハルヒと連絡を取るなんて不可能だろ。
 それにあいつは大丈夫か? 1人でいつ終わるともしれない空間を歩き続けるくらいなら、俺だったらその場に留まって外に出るのを諦めるかもしれん。
「どうすりゃいいんだろうな」
 無言でじっとトンネルの先を見詰める長門。何か思い当たる節があるのか。それともただぼんやりと外の世界に思いを馳せているのか。物静かな横顔からは読み取ることは出来ない。
「とにかくもうちょい歩いてみるか。何か分かるかもしれないし、もしかすると出られる可能性もある」
 長門は視線を遥か向こうに固定したまま首だけ縦に振った。