「一つ聞きたい。なんで俺達だけ大丈夫なんだ?」
最初、あのモノクロワールドでもその後の無音の世界でも、被害を受けたのは俺たちだけだった。次に、小さくなったり大きくなったりしたのは俺だけだったはずだ。なのに今回はSON組関係者のみが無事で、それ以外の人々全員が被害を受けてるんだよな。
「分かりませんね。ただ一つ分かることは、またしばらくは予断を許さない状況だ、ということだけでしょう」
そうか。とりあえず何に気をつければいいか分からんが、気をつけておこう。
「お願いします」
これ以上集まっていても新しい打開策が出るわけでもないので、今日はここらで解散。その帰り際のこと。
「犯人はきっと焦っている」
長門が耳打ち。最近、耳打ち増えたな。で、どういうことだ?
「本来涼宮ハルヒの静観し、監視を行うはずであったのが、今回はその監視相手を巻き込んでしまった」
つまり、想定外だったと。
「そう」
これも今までと同じ犯人なのか?
「同じ」
そして最後に長門が言う。
「おそらく、最終的にはあなたに接触してくるはず。どうするかはあなた次第」
そんな重要な役目を俺がしなきゃいかんのか?そもそもなんで俺なんだ。
「そのうちに分かる。今はそれを信じて」
……分かったよ。どうにかしてみせるさ。
「期待している」
帰途でも、随分と不思議な世界が広がっている。
接触事故を起こしたようだが、気の弱そうなひょろっとした方が、それもそっちがぶつけた方みたいなんだが、サングラスをかけていかにも、と言う感じの容姿をしているぶつけられた側に怒声を浴びせ、被害者側はへこへこと頭を下げている。なんだろうな、あの構図は。
実は見た目が怖いだけで、優しくて気弱な性格なんだ、と言われればなんとなく納得しないわけでもないが、しかしあれは明らかに当てた側の方が悪いだろうし、当てられた方が謝る道理はない。
幼稚園では元気な声が聞こえないし、中・高校ではうちの学校を含め、部活動の声もさっぱり聞こえない。今日、休みじゃないよな?いや、休みでも部活動やってるところはあるだろうし、やっぱりおかしい。
それ以外にもまだ問題がある。赤信号を平気で通過する車があれば、青信号なのにびくびくとしながら走っている車もある。そのせいで、青信号で歩き出した子供が赤信号で突っ込んできた車に危うくはねられそうになったり、それでいて赤信号で突っ込んだ方が「気をつけろ!」とか叫んでるし、なんだこれは、これはあまりに危険すぎるぞ。
あまり楽観視できない、という古泉の話を身に染みて感じ始める。こりゃ青信号で歩いてて轢かれても怒られそうだ。お陰でいつも帰宅に掛かる時間の2倍ほど時間をかけた。
家では、相変わらず妹は無視モードに入っているし、バラエティー番組はお通夜でもやっているのかという様相。お陰でテレビを見る気にもならない。
布団の中に入って考える。これはもうまずいとか言っている状態じゃない。このままでは、世界中が大混乱だとか悠長に言っている間に、赤信号で突っ込んできた車にはねられ、倒れこんだところで自転車に踏まれ、そんな姿を見て笑われるならともかく、「何ぼさっとしてるんだ!」と蹴り倒されそうだ。いやいや、それだけならまだしも、その状態で病院に行ってみろ、「私の仕事を増やすな!」とか職務放棄されるかもしれん。
かと言って、俺一人でどうにかなるわけでもないし、それ以前にただの足手まといにしかならんだろうし。俺は無力さ。
悶々とした気持ちのまま、うつらうつらと睡眠欲を掻き立てられ、少しずつ意識が薄れていった。
翌日も変わらず不機嫌そうな妹の後に家を出る。やれやれ、あの状態でいつまでも居られたらこっちはたまったもんじゃないな。いつも「キョン君、キョン君」とまとわり付いてくるのも困ったものだが、ああやってツンツンされていると精神的に結構くるものがある。
この憂鬱感を倍増キャンペーン実施中なのが、言わずもがな、学校までの登校である。ただでさえ長い道のりを、坂までおまけしてくれたお陰で、ありがた迷惑感も倍増されちまっているという状態。慣れてきたとはいえ、精神的苦痛を引き伸ばすには十分すぎるらしい。
そんな下がったテンションを上げてくれる方が。今日はたまたま登校時間が同じだったらしく、たおやかに微笑むのは朝比奈さん、その隣に元気を振りまいているのは鶴屋さんである。登校途中に見つけるのは珍しいな、声でも掛けようか。
そんなとき、赤信号で横から飛び出してくるトラック。危ない、朝比奈さん!
そう思ったときは既に朝比奈さんは、道路から向かいの歩道へ倒れこんでいた。鶴屋さんがすんでのところで朝比奈さんを押し倒して助けたのだった。鶴屋さんの素早い判断と行動のお陰である。
「大丈夫ですか、お二人とも」
「ああ、キョン君かい?いやあ、びっくりしたね。赤信号のに、びゅーんって飛び出してくるなんてね!」
何も起こってない、といった風で軽く服の砂を払って笑う鶴屋さん。
「みくる、立てるかい?」
「え、ええ…、なんとか」
朝比奈さんはよろよろと立ち上がり、鶴屋さんに手伝ってもらいながら服に付いた砂を払う。全く、ひどい状況ですね。
「そうですね…」
「このままだと安心して外も歩けないよ!」
早くどうにかしてほしいものだ。
さて、そんな朝を迎えた俺だったが、だからといって唐突に学校が休みになることはなく、教師の性格の変化を楽しみながら授業が終了。谷口は今のところ真面目に勉強しているようだが、いつまで続くんだろうな、あっちもあっちで。
帰り際、もうこれで何度目だ、下駄箱を開くとそこには一通の手紙。女子から手紙を貰ったのは、長門の栞や実希の紙片もあわせるとこれで5回目である。これだけ貰っていて、一通もまともなラブレターではなく、大体何かの事件に巻き込まれているっていうんだから、またかと思うのも無理はなかろう。
しかし、差出人を見て驚いた。あの鶴屋さんである。あの人が俺に何の用だろうな、大方朝比奈さんに関しての相談か何かだろうとは思うが、俺なんかが役に立つのだろうか。
なんて考えながら文面に書かれていた指定場所、屋上へ向かう足取りはそんなに重くはなかった。