長いトンネルを抜けると古びた宿だった。
別に昔の小説を捩っている意味は特にない。問題はその事実である。
「またか……」
窓から見ることができる風景は日本の片田舎に見ようと思えば見えなくはないが、少なくともそこの住民は間違いなく人間ではなく、人間の姿をしたロボットと同様にテンプレートな言葉しか返してこない。そして太陽を空のどこにも捉えることが出来ず、しかしながら昼間らしい明るさが確かにあるこの空間。ゲーム内の空間らしきその世界に三度、俺は足を踏み入れたのである。
見慣れつつある非日常的な風景を見下ろし、おそらく他の3人も来ているだろうことに思いを馳せていると、開きすぎで扉を壁にぶち当てながらこの部屋に入ってきたやつが居る。それが誰だか、言わずとも分かると思う。人の部屋にはいるときにノックをせず、衝撃で扉にガタが来るかもしれないというような数歩先のことすら考えない人間だ。
「キョン、居る? あ、居たわね」
居る? という疑問は本来見えないところに人間が居て、それを比較的遠距離または壁等を隔てて会話するときに使うものであって、人の部屋に入りながら言うものではないのだが、どのようにそれを分かりやすく伝えようか考えているうちに次の言葉が掛かってきたので、その言葉は永久にお蔵入りとなった。
「もうホントどうなってるわけ? もう3度目よ、ここに来るの」
勝手に俺のベッド(といっても俺が所有しているのではなく、そういう意味合いでは宿屋のベッドではあるが、俺が借りている部屋のベッドという理解で頼む)に大の字で寝転がるハルヒ。今日は最初持っていた皮鎧でも、この前買い換えたばかりの鎖帷子みたいな鉄製鎧でもなく、ここにあったものなのかは分からないが、無地の淡い水色のシャツに黒のハーフパンツ姿である。こちらに来る前の格好は……言うまでも無い、北高制服だ。どうやらこちらの世界へ来るときにどこかしらで無意識のうちに着替えるんだろう。
あの後にいろいろ、俺も足りない脳を搾り出すようにして考えて、もういっそのことソフトごとパソコンを全て初期化してしまうことはできないのか聞いてみたが、それは推奨できないと言われた。もちろん俺はこうも聞いてみた。「ハルヒの大切なデータだけは全部退避させておいて、初期化してから中に戻せばいいんじゃないか?」
然れどもこれも長門としてはこれも推奨できないらしい。
頑なに長門が否定する理由は、こちらに何らかの異常が存在しているために俺たちの世界との行き来が起こってしまっている。こういう空間上で異質な部分が存在しているときに、無理やり梯子を外すようなことをしてしまうと、その部分が急激に肥大化して双方の空間に多大な悪影響を及ぼす可能性が否定できないからだとか。よく分からんが、悪性腫瘍を放っておくと全身に転移して手遅れになっちまう、みたいなそんな感じだと勝手に理解した。これなら確かに無視しておくのは危険極まりない。
また疑問だったのは、長門が言っていた「ハルヒと出会っていない人間は記憶を取り戻していない」とかいう話で、俺が最初から自我を持っていたということだ。本当なら俺だってハルヒと顔を合わせたところから記憶を持っていてもおかしくは無いはず。なのに俺が記憶として持っている部分はこの部屋で目が醒めたときのもの。おかしいんじゃないか?
それに対して長門の見解はこうだった。
「初期のキャラクターとしてあなたや涼宮ハルヒを含む4人が登録されていたのならば、その4人には最初から自我が存在していると考えても良い」
いわゆるコンピューターが勝手に動かしているキャラではなく、自分自身が動かしているキャラクターだと考えれば分かるだろうと長門は言っていた。ああ、確かにコンピューターの内部のAI(人工知能の略だっけな)が勝手に動かしているキャラクターと俺たちが実際に動かしているキャラクターでは、操作の受け付け方が違うといえば確かにそうだよな。ハルヒはこの世界の、きっかけとはいえ創造主であるようだからプレイヤーであるとしても、何故俺と長門、そして朝比奈さんまでもが初っ端から記憶を持っているプレイヤーであるのかは定かではないが。
推測の域を脱さない、と長門も最終的には締めくくっていたから、おそらく長門ですら完全に予測できるものではないってことだ。だからこそ強行手段を取るよりも、こちらで解決策を探す方が得策だというわけだ。
それにしても、どうやらハルヒは向こうの記憶は俺と同じところまで持っている、という認識は間違っていないらしい。じゃなければ「3度目」なんて言葉が出てくるわけが無い。
ならば何故向こうでこちらの記憶が封印されるんだ? 理由が無いだろう、本来は。
ここが長門が作った空間ならば、こちらの非現実的な世界を向こうへ戻すときに認識したままでおいてしまうと現実と非現実がごっちゃになって、向こうでも魔法が使える気になってしまう。だから向こうに戻るときにはいちいち脳内の情報改ざんを行うというのなら理解できる。
だがここはそういうわけではない。どちらかといえば既にある別世界へふらりと俺たちが訪れてしまったという状況の認識が正しい。ならばこちらから元の世界に戻ったときに記憶処理を行う必要なんぞ無いはずだ。
それとも……ここの創造主はハルヒが非現実的なことを認知することについて不利益を被る誰かだとでもいうのか?
「そうだ。多分有希とみくるちゃんも居るはずだから、探しにいきましょ、キョン」
「ああ、そうだな」
ここを抜け出すにはこの世界で起こっている何かを全て元通りにしちまえばいいらしい。ならばさっさとそこを正して戻ればいいだけのことだ。ありがたいことに、心強い仲間が山ほど居ることだし。