帰宅する生徒の流れに逆行し、屋上へ一人向かう俺だったが、屋上へ到達する前にふと思った。この時間、屋上なんかあいてるのか?そもそも、屋上はどのタイミングで開いているのか分からん。まあ、でも呼び出しておきながら開いてない、なんてことはないだろう。
屋上の踊り場までやってきて、ドアノブを捻る。ちゃんと鍵は開いていて、ドアを開け放つと風になびく長い緑の髪、鶴屋さんの後姿が見えた。
「用事ってなんでしょう?」
ドアを開け放したまま、鶴屋さんに近づく。鶴屋さんは何も言わない。聞こえなかったのかね。もしかすると、ちょっと強めにさっきから吹いている風にかき消されたのかもしれないしな。
もう一度、今度は大きい声で。
「鶴屋さん、どうし、」
近づこうともう一歩足を出した瞬間だった。落とし穴に落とされた気分で、実は本当に落とし穴だったと知ったのはもっと後になってからだったが、その時は焦ったぜ。何故かなんか言わなくても分かるだろう。今居るのは学校の屋上で、落とし穴。ありえない!コンクリートに穴掘るだけでも職員会議モノだし、第一コンクリートに落とし穴なんか掘ってあったら、さすがにすぐに分かるはずだ。それに本来なら下の階に、いや1階すら突き抜けていくほどの深さだったし。下の階から見ただけで気づくはずさ。
しかし、俺は気づかなかった。なんとその落とし穴は、落とし穴でもトンデモな落とし穴だったらしいからな。説明は追々するとしよう。
まあ、遥かに遠ざかっていく暗闇の中の唯一の光を見つめながら、俺はそんなことを考える余裕なんてなかったんだがね。何をしていたか。何が起こった?なんだ、どういうことだ?クエスチョンマークを大量生産していたさ。途中で生産が追いつかなくなったせいか、はたまた別の理由かはさっぱり分からんが、光の筋が点に変わった頃、俺は気を失った。
目が醒めたときは、1年5組の教室の机で突っ伏して寝ていた。はて、何をしていたのだったかな。
えーと、帰ろうとしたら下駄箱に手紙が入っていて、そうだ、鶴屋さんに会いにいったんだったな。階段を上がって屋上まで行くとちゃんと鶴屋さんが居て、話しかけても返事がなく、近づこうとしたら、ああそういや落とし穴に落ちたんだった。しかし、あの落とし穴みたいなのはなんだったんだ。
ここまで順序をたどって、やっと考えをそこに巡らせることができた。いや、そもそも落とし穴だったのか?ありえないだろう。
それに、鶴屋さんに話を聞かなきゃいけなかったのにな。
「あ、キョン君。やーやー、探したよっ」
…鶴屋さん?
1年5組の教室までやってきたのは、会いに行ったはずの鶴屋さんである。
「手紙出したのに来てくれないなんてひどいじゃないさ」
あれ、さっきまで屋上に居ませんでした?
「もちろん居たさ!でもキョン君、いつまで経っても来なかったんだよ。で、仕方がないからあたしはずっと校内を歩き回って、キョン君を探していたっさ」
まさか、さっきのは夢だったのか。で、今の今までずっと寝ていたと。
「すみません、鶴屋さん。待たせちゃったみたいで」
「いいのさ、気にしなくても!それより、ちょっとこの部屋で待っててくれるかな?」
両手を合わせてごめん、のポーズ。別に構いませんが、どうしたんですか?
「せっかくお話しようと思ったのにさっ、突然先生に呼ばれちゃって、仕事まかされちゃってね。丁度あちこち行かなきゃいけない仕事だったし、ついでにキョン君を探そうと思ってたら、丁度見つけたって具合さ!」
ああ、そうだったんですか。つまり、まだ先生に頼まれた仕事の途中ってことですね。
「うんうん。だからもうちょっとだけ待っててもらえるかな?」
そういうことなら。
「さっすがキョン君だね、話が分かる!じゃ、ごめんね!」
ひらひらと手を振りながら教室を出て行く鶴屋さん。いやいや、今まで寝ぼけて鶴屋さんを待たせたんだ。それくらい構いやしませんよ。
さてと、夕暮れを見ながら待つとするか。午後5時過ぎ。
しかし、なんだな。特にやることもないし、暇すぎる。この前の一人しりとりなんかはあまりに寂しすぎる。だからといって、新しく何か考え付いているわけでもない。
うーむ、こういうときは寝るに限る。さっきまで寝てたはずなのに、なんだか寝たりないしな。鶴屋さんが来るまで寝るとするか。
いくら時間が経っただろうか。
顔を上げると、起き抜けでぼやけた目に誰かが映っている。鶴屋さん、ああ、俺また寝てました?すみません。
「違う」
声の主をよく見てみると、あれ、長門か。お前まだ帰ってなかったのか。
大きく伸びをして、ふと時計を見るが、相変わらず午後5時過ぎ。なんだ、かなり寝たつもりだったが数分くらいだったのか。やっぱり疲れが取れてない感じで、まあ寝てる時間も短いし、当たり前か。
「違う」
さっきから違う違うって、何が違うんだ?
俺がここで寝ていて、鶴屋さんが会いに来て、鶴屋さんは教師に頼まれた仕事中で、俺がここで待ちながらまた寝ていた。別に何も違いはしないだろう。
それに、長門が来たのは今さっきなんじゃないのか?俺が寝てる間に来たのなら、俺が何してたとか分からないだろうに。
「5時ではない。そして、あなたはずっとここで寝ていたわけでもない」
何を言っているんだ。
ほれ、外を見てみろ。もう夕方だぞ。夕日が綺麗じゃないか。もうすぐ沈むから、暗くなる前にできれば帰りたいところだが、鶴屋さんの仕事はいつまで続くんだろうか。
「仕事なんてしていない」
そして、長門は言ったよ。それはもう、衝撃的なんて形容もし難いことだ。
「あなたは、あの人にだまされている。鶴屋さん、という人に」