「鶴屋さんに…?」
なんでそんなことをする必要があるんだ、あの人に。
「時計を見て」
見たぞ。
「正確には秒針を」
………止まってるな。
ああ、そういうことか。5時じゃないっていうのは、もう時間が過ぎてたわけか。本当は30分くらいは寝てたってことだな。
「もう、鈍いのね」
背後に朝倉。その急に背後に立つのはやめてくれ。また刺されるんじゃないかとひやひやする。
「大丈夫よ、もうそんな必要ないんだし」
精神的に、だから仕方がなかろう。で、お前もまだ帰ってなかったのか。
「…長門さん、こんなこと言ってるわよ?」
「仕方がない。今は」
「ま、そうよね。今の状態を理解しろ、って言う方が無茶かも」
おいおい、二人だけで話を進めるな。俺に説明してくれ。これじゃ、自分達だけ笑ってて、客がついていけないお笑いコンビだぞ。唯一違うのは、笑ってられない状況っぽいってことだけだ。
「閉鎖空間とほぼ同じ」
唐突だな。閉鎖空間とかいうのはあのほぼモノクロな世界のことを言うものだと思っていたからな。
「どちらかといえば、一部の時間を切り取った感じ。だから外を見ても一生この景色なのよ」
もう一度夕日を見てみる。確かに先ほどから話をしていても沈む様子は全くないし、それに伴って始まる夜の帳の訪れもない。
「こんな閉鎖空間は初めて」
長門も、声から察するにだが、困惑気味だ。
「探知しづらいために発見が遅れた。入るときも手間取ったが、朝倉涼子のサポートのお陰でどうにか進入できた」
サポート?ああ、長門のバックアップとか言っていたし、情報戦の手伝いでもしたのか。
「私特製の情報連結解除用ナイフでぐさっとね♪」
違った!
「プロテクトの種類が違ったからこうなった。涼宮ハルヒのであればこうはならない」
長門の淡々とした口調が静かな、そういえば完全に無音な世界だ、教室に響く。理解できんな…プロテクトの種類?閉鎖空間にプロテクトなんてあるのか。
「古泉一樹から聞いてない?閉鎖空間には普通の人は入れない、って」
そう言えばそんなことを言っていたような。迷い込むはまずないとか、僕にはそこに入り込む能力があるとか。
「そ。まあ、簡単に言えば、鍵と錠ね。涼宮さんが作った錠なら、彼は開けられる。でもこれは違う人の錠だから開けられない、ってわけ。この閉鎖空間は涼宮さんが作ったものじゃないから、プロテクトが違うから彼は入れないし、私たちもいつもと同じ方法で入るのは無理だったってわけ」
それ自体は非常に分かりやすいな。今の状況はさっぱり飲み込めんが。
「涼宮ハルヒの閉鎖空間も、あのときのような場合には入り込むことができないこともあるが、大半の場合は侵入可能」
なんだか凄腕のピッキング犯みたいな発言だ。俺はどこの家庭でも忍び込んで盗めるぜ、みたいな。
「そうね…まだ理解は難しいかしら。ちょっと、こっちに立ってもらえる?」
朝倉は教室の扉の近くに立って手招きをする。
「確かに実体験に基づく理解が一番早い」
長門もその横に並ぶ。何をおっぱじめることやら。仕方がないので、俺も近づいて次の言葉を待つ。
「ドア、開いてるから出てみて」
何を言い始めたんだ。いくらなんでもお遊びが過ぎるぜ。
「いいからやってみて。多分できないと思うけど」
扉を出たら上からバケツが落ちてくる、とかそういう古典的なギャグをやるつもりか。
「違う。出てみれば、出ようとすれば分かる」
全く、からかうのもいい加減に。
………なんだこれは。今までの閉鎖空間より少々硬い感じで、勢いよくぶつかったら結構痛いんじゃないだろうか。とにかく”扉が開いているのに”外へ出られない。
「だから言ったでしょ?出られないって」
「なんてこった」
「今回のこの閉鎖空間は、教室内でしかない。大きさにしては非常に小規模、しかし現実世界とほぼ一緒の外見、形もドーム状のみでなく、ある程度変形が許されている。情報統合思念体には不可能」
で、なんで犯人が鶴屋さんだと言えるんだ。いや、その前になんで俺がここに連れてこられたんだ。おかしいだろう、俺に特殊能力は一切ないし、特別恨みを買うようなことをした覚えもない。
いや、もしかするとハルヒ絡みで恨まれてる可能性もあるが、それは恨まれるべきはハルヒであって俺ではない。俺だけがここに捕まる理由は全くといってないはずなんだが。
「それは私には分からない」
まあ、この教室から出られないのと、「この教室で待ってて」という話から、鶴屋さんが犯人であるかもしれない、という可能性は確かにあるかもしれない。だが、本人に確認するまでは信用できんし、今の状況すらさっぱり理解ができない。
「とりあえず、ここから出る方法はないのか?」
「ない」
即答されたよ。
「崩壊情報のリカバリーが早い。予想以上。その上、記憶プログラムによって最初の侵入方法に対するプロテクトが強化された」
防衛庁のプロテクトだかファイアーウォールだかを解除する専用ページみたいだな。侵入させてその手口を知る、とか。
「ま、そういう感じさね」
その声が聞こえたのは扉の向こう側。俺たち3人が立っていて、どうやっても超えられなかった”壁”の向こうに、鶴屋さんは立っていた。