中庭の中心は木やベンチを引きずり込んだ真っ黒な大穴を、相変わらず開けたままだった。梯子もまだ残っている。ってことはやっぱりハルヒたちと同じように梯子を降りればいいんだろう。
梯子を下りながら穴を覗き込むが、相変わらず真っ暗で何も見えない。本当に地面、あるんだろうか。まさかまだハルヒたちが下で梯子を絶賛降下中ってことはないよな?
ただ無心に梯子を折り続けるが、たまに怖くなってくる。落ちなければどうってことはないのだが、問題は途中で握力が無くなることだ。あまり腕に負担が掛からないように、なるべく梯子に寄りかかる体勢で下りてはいるのだが、さすがに長すぎると途中で腕に限界が来るだろう。それまでにはなんとか辿り着いてもらいたもんだ。
1歩ずつ慎重に梯子を下りていくと、徐々に下界の様子が見えてくる。様子が見えてきたってことは、つまりそこは行き止まりということだ。なんだ、思ったよりも早く着いたな。後5分くらいは下りなきゃいけないことを覚悟していたのに。ただ単に空が暗いから光がここまで届かなかっただけか。
あの名も知らぬ大木も健在で、もちろん外に出ていた根っこもそのままむき出しになっている。最初からここを隠すために木を植えたのか、それとも木を植えてから掘り返してしまうのも忍びないからその下に地下室を作ったのかは定かでないが、こういう地下への道を隠すには丁度いい場所かもしれないな。
梯子から完全に下りて周囲を見渡してみると、全体的にほのかな明るさを保っているこの空洞の中で、比較的明るい場所がある。足元に気をつけて近づいてみると、そこはどうやらどこかに続く横穴のようだった。先端技術の粋を凝らしたエレベーターって感じだったから、きっと中はどこかの研究所みたいに近代的な研究室が広がっていると思いきや、中世の魔法使いが魔女狩りを恐れて、隠れ家として山の中に作ったという表現が適していそうな洞窟だった。ってことはこのエレベーターはどうやら科学的な力ではなく、こちらの世界ではスタンダードになっている魔法の力を利用してできているようだった。
とりあえず進む場所はこの横穴以外に見当たらないし、中へ入ってみることにする。ハルヒたちが進んだ方向もこっちしかありえないだろう。
しかしなんというか、もうちょっと丁寧に壁面を削るとか舗装するとかはできなかったのだろうか。足元も壁面もガタガタで、大して歩いていないのに足の裏が痛い。
館の中と同様にところどころに、かろうじて数メートル先が見えるか見えないかくらいの程度のろうそくが設置されている洞窟をしばらく進むと、館内にあったような重厚な木製の扉が待ち構えていた。この先にあの声の主が待っているのかもしれないが、もしそうだとしたら既にハルヒたちが中に居るはず。
だが今、ここで耳を澄ませても音はしない。今、不用意に開けてもいいんだろうか。なんだか危険な香りがする。
けれども立ちっぱなしにもいくまい。ええい、男は度胸だと扉を押し開ける。
その部屋は全面白煉瓦のようなもので造られていた。部屋の床の中央には大きな文字盤があって、1から9の番号が振ってあった。何をする場所なんだろうな、ここは。とりあえず敵意がある生物は潜んで居ないようだが。
入ってきた扉の向かい側、出口の上部には同じような文字盤が並んでいる。もしかして色のついた順番を当てろとかいう記憶ゲームでもしたっていうのか。
とにもかくにも、ハルヒたちが入ってきた形跡を思わせるように、既に向かいの扉は開いていた。1度正解しても部屋を出るとやり直し、なんてことは無いようだな。
きっとここでは長門が大活躍して、ハルヒに「よくやったわ、有希!」とかがくんがくん体を振られて褒め称えられたに違いない。まあ長門の記憶力なら100桁だろうと1000桁だろうと、淡々と数字を選んでいくだろうから、せいぜい10桁とか15桁くらいの数字の列くらい大した問題にもならんだろう。
白い部屋を抜けると再び土くればかりが周りを囲っている洞窟が続く。ここもまた地面の粗さは酷い。さらに劣悪なのがこの道、なんと分かれ道が複数回に渡って存在していた。この迷路を作ったやつは確実に性格が悪かったに違いない。ハズレルートが割とすぐに行き止まりにたどり着くからマシとはいえ、1度に3つの分かれ道が5回も続けばさすがに苛立つ俺の気持ちも分かるだろう。こりゃハルヒたちもまだ館の主に出会えていないかもな。
さらに分かれ道を何度か潜り抜けて、ようやく木製の扉が見えてくる。今度こそ、あのオッサンの元に辿り着けた……はずだ。
さっきの煉瓦部屋に入るときには、入る前に部屋内部の状況を考えていたのに、今回はさっきまでの分かれ道にイライラして集中力を欠いていた。何気なくノブを回して開くと、突然何かが飛んできた。当然避けられるわけもなく、それごと後ろへひっくり返る。
な、何事だ?
強かに打ちつけた腰をさすりながら立ち上がると、俺の体の上には黒服がところどころ煤けた長門有希が鉄仮面顔で乗っていた。そして部屋の中には片膝をついて息の荒いハルヒと朝比奈さん。
「はっはっは、この程度か」
「くぅっ……」
暖炉を背に、高笑いをしていたオッサンを見上げて、悔しそうに呻くハルヒ。
「……あんたがこの館の主人か?」
「いかにも」
そこにはいかにもうさんくさい宗教のトップみたいな、黒ひげ面の50代半ばのオッサンが仁王立ちしていた。