「暑いわねー。もう何もやる気になんない」
カップアイスを木のスプーンで口に運びながら、その溶けかかったアイスがごとく机の上にだらけて突っ伏すハルヒ。俺も暑いんだから、そう言うな。言ったって暑さが和らぐことなんか無いんだからな。
でもこうして暑さでだれて、何もやる気にならない状態の方が個人的には安心だな。
「別に暑いって言っても地球の温度が上がるわけじゃないんだから、それくらいいいじゃない」
まだ蝉は鳴かないが、こんな暑さが続くようだったらそんな日も遠くないだろう。本格的な夏到来はいつ頃だろうね。
しかし夏になったらなったで困りごともあるんだよな。何って聞くほども無かろう。夏真っ盛りの蝉みたいにギャーギャー喚きたて、厄介ごとを次から次へ持ってくる人間が、開放的な夏空みたく頭の中がどこまでも突き抜けた行動に走るのだ。その後処理を負かされる人間としては、動けないように縄でぐるぐる巻にされ、ロケット花火を数十本こっちに向けられている気分になる。それもその着火がいつなのか、いっぺんに全部着火されるのか、はたまた数本ずつするのかすらも分からない状況というわけで、尚更胃が痛くなる時期でもある。
さらに心配事が、あのハルヒが朝比奈さんを出しにしてコスプレ衣装を高くうっぱらったせいで、あいつの手元にはそれなりに遊ぶ金があるはずなのだ。SON組で計画されたものが中止になる原因に先立つ物が無いというものがそれなりに上位を占めている為、それに問題が無ければこの夏休みも、まだ始まってすら居ないのに嫌な予感がしてくるのも無理はない。
とまあ、もうすぐやってくる夏休みというビターでスィートな長期休暇を遠目に見つつ、無為に時間を過ごすこんな暑い日では、制服を着崩したくなるもので、俺は上着を脱いでネクタイも外し、シャツも上から第2ボタンまで開けておいた。たまらん、この暑さ。
こんな中でも朝比奈さんはハルヒの言葉を忠実に守り、メイド服に身を包んでいたが、さすがに暑かったのか胸元を大きく開けてそこへ団扇で空気を送り込んでいた。目のやり場に困る俺はそこから視線をスライドさせて、対照的に暑さをちびりとも感じていないように分厚いSF小説を開いている宇宙人を見る。いつ見てもこいつは暑さに鈍感みたいだな。汗かかないんだろうか。
同じ宇宙人でも暑さを感じるらしい朝倉は体操服に着替えていた。
「ほら、この格好は涼しいじゃない?」
そりゃそうだが。
もう1人の読書家は姉と違ってどうやら暑さにやられているようで、ハルヒと同様に机にスライムよろしく突っ伏していた。本当にこいつは人間と大差ないよなあ、こういうところ。どこまで人間に近づけるのか、なんだか科学の進歩を見ているようだ。
「うーん、プールにでも行きたい気分だね!」
鶴屋さんも朝倉と同様に体操服に着替えた鶴屋さんが団扇で顔を仰ぎながら笑う。確かにこれだけ暑いとプールへ行きたくなりますね。
しかし市民プールはもう開いてるんだろうか。7月上旬くらいから開き始めるだろうから、そろそろ開いていても不思議ではないが。
「学校のプール使えるかしら」
どうだろうな。今ならまだ水泳部が使ってる時間帯じゃないか? まあハルヒなら、「今から水泳したいから2レーン開けて」くらいは言いそうだが。
と思ったら即座に反論された。
「駄目に決まってるでしょ。そんな狭いところじゃビーチバレーもできないじゃない。使うなら全面よ、全面」
かといってさすがにハルヒでも部活を押しのけて全面を使うところまではできないから、学校のプールは却下らしい。お前、野球大会を控えたあの時なんかは野球部のスペース全部占領した挙句、お前のノック練習につき合わせてたじゃないか。それだけできるなら水泳部でもできるだろうに。してほしいわけじゃないが。
「野球部は別にどこかの公園使ってもできるでしょ。キャッチボールだけなら道路だってできるし。でも水泳部はプールじゃないとできないから駄目ね。そんなもので部員から因縁つけられたらたまったもんじゃないし」
既に全方面から目をつけられてると思うがな。
とりあえずハルヒは「プールには行きたいけど、学校のプールを占領するのは駄目」という意外にまともな意見で、水遊びは持越しとなった。ま、何にしても水着を持ってきてないしな。
ちなみにその水着とは去年ハルヒに突然「プールに行くわよ」と連れて行かれた先で、これまた突然渡されたあれである。どこで買ってきたのか分からないが、費用も特に請求されていない。忘れているだけで、今年持っていったらされるかもしれないが、言われるまでは黙っておこう。いつも振り回されることに対する慰謝料的なものとして受け取ってしかるべきだろうし。
「あー、暑い。なんか暑さが和らぐものってないかしら」
「えっと……あの、竹がかこんっ、って音がする……」
「鹿威し? あれは日が翳ってきた頃に鳴らないと全然効果ないわよ。1番暑いときになったら逆にイライラするだけだし」
「じゃあ風鈴なんてどうですか? 音が涼やかですし」
「ほとんど同じであまり効果無いわね、きっと。っていうか実質的に暑さを回避できる方法は無い? そうやって音だけとかで涼しい気持ちになれるには多分才能が必要なのよ。あたしはそういう才能ないから無理」
なんという自分勝手な解釈だよと思いつつ、気分的に涼しさを手に入れられる限度の暑さってのは確かにありそうだ。今日の暑さは残念ながらそれを越えていると思うし、だからハルヒが愚痴りたくなるのも分かる。俺も似た気分だ。
これ以上押しも引きもできそうにないと諦めるや否や、
「んじゃあもう今日は解散で。それと明日までに涼めそうな方法を考えてきて。1人1つずつね。考えてこなかったら運動場10周ね」
うちの最高顧問はどうやら熱で頭がどうかなっちまったようだ。そうに違いない。